第20話 大内 結花 -前-

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第20話 大内 結花 -前-

舞美の素直さには本当に驚かされる。例えば、勝手に冷蔵庫の中のものを飲み食いなどはしない。テレビは観たい番組だけを、俺たちに断ってから観る。無駄買いなどしないので、俺がジュースや菓子を買ってあげると、名前を書いて少しずつ大切そうに飲み食いする。 そして、時間ができると窓から夜景を観ている。 今日も窓に額を押し付けるようにして覗きこんでいる舞美に近づき声をかけた。 「舞美、我慢なんかしなくていいんだからな。あまり無理するなよ」 「ん? 無理なんかしてないよ。ここから夜景を観るのが好きなの」 「それならいいけど、飽きないか?」 「直ちゃん、夜景を観るために展望台へ入るのにはお金がかかるんだよ。ここならタダで好きなだけ静かに観れるじゃん」 「確かにその通りだな」 「それと...」 「それと?」 「あたし、悪いことをしていた時に、人に迷惑をかけちゃったじゃん。その人たち、この街のどこかにいるはずなんだ。だから心の中で、ごめんなさいって謝っているの。へへへ、もう顔も忘れちゃったけどさ」 俺は思わず舞美を後ろから抱きしめた。 そんな舞美が、珍しくケーキを作りたいと言い出した。材料を用意してやったら、俺と麗子に外出してこいと言う。こういうことは初めてだけれど、全部一人でやってみたい。ただ、それを見られるのが恥ずかしいらしい。 夕食を終えてから麗子と外へ出て軽く酒を飲み、歩いてマンションまで帰る途中の公園に寄ってみた。酔い覚ましのつもりだったのだが、奥のほうにあるベンチに誰かが一人で座っている。 ここからだと薄暗くてよく見えない。ゆっくり近づいてみると、どうやら若い女性のようだ。 誰かを待っている感じでもなく、スマホなどをいじっているわけでもない。視線の定まらない様子でぼーっとしているだけ。さすがに心配になって、麗子が声をかけた。 「こんばんは、どうかしました? 大丈夫ですか?」 麗子の言葉に、はっとした様子の女性は俺たちが近づいてきたのにも気付かなかったようだ。改めて見ると、顔立ちが整っているその女性は思いつめたような表情をしていた。 「具合でも悪いの?」 「いいえ、大丈夫です」 「私たち怪しい者じゃないから、よかったら気分転換に話でもしない?」 そう言って麗子が優しく微笑みかけた。さすがに俺一人だけだったら声をかけるのは(はばか)られるが、今日は麗子が一緒でよかった。俺は最近、心の中で『麗子スマイル』と呼んでいるが、麗子の微笑みは相手の緊張を一瞬でほぐし、一気に距離を詰めてしまう不思議な力がある。 その女性が黙って頷いたので、隣に麗子、俺の並びでベンチに腰を下ろした。
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