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第24話 岩原 智美 -前-
「大変申し訳ございません!!」
深々と頭を下げるのは、大下社長、吉田部長、岩原主任の三人。
痩せて神経質そうな大下社長と、恰幅がよく脂ぎっている吉田部長は、まるでボヤッキーとトンズラーのようだ。
メガネをかけた岩原主任は、影の薄い感じのする女性で、ずっと項垂れている。とてもドロンジョ様のように華があるタイプではない。
この三人は、イベントの企画や運営を請けている、麗子の会社の子会社の者たちだ。ちなみに、麗子はこの会社の筆頭株主でもある。
単純に、発注漏れが原因での資材不足。しかし、この欠品が新商品発売イベントに穴を空けてしまった。多くの関係者に迷惑をかけ、麗子の会社に少なくない損失を与えた。とても看過できる問題ではない。
俺がなぜこんな場に同席しているのかと言うと、れっきとした理由がある。
俺は、少し前に麗子の会社の株を大量に取得した。妻と生活していた時に蓄えた貯金と俺の退職金、それに加えて妻の死亡保険と、まとまったお金があったので金銭的には問題はなかった。
株の譲渡については多少の問題があったが、麗子が上手く根回しをしてくれたおかげでこじれるようなことはなかった。
株を所有することは、単純に麗子に期待する意味しかなかったのだが、麗子のたっての願いで、社外取締役兼相談役という職に就いた。
そんな理由で、今回のような場に立ち会っても構わないし、今日は麗子からそれをお願いされたのだ。
「本当に申し訳ありません。私は十分に注意していたのですが、この岩原がポカしてしまいまして...」
そう言われた岩原主任が、一瞬だけ鋭い目で吉田部長を睨んだ。
「ほれ、岩原、お前もしっかり謝罪するんだ」
「まことに申し訳ありませんでした」
それでも、岩原主任は麗子に対しては素直に頭を下げる。
「以前から似たようなミスが何回か発生していましたね。その度になんとなく上手く収めていたと聞いていますが、さすがに今回は無理だったということかしら?」
「はい、今までのミスも同じ原因です。私の知らない所でこの岩原が..」
麗子の皮肉も吉田部長には響いていないようで、自分は責任逃れをして岩原主任に責任を押し付けているのが見え見えだ。
「岩原は懲戒処分するつもりです。すぐにでも辞めさせますっ」
吉田部長の非情な発言に、その場の空気が張り詰めたようになる。
そして、意を決したように麗子が口を開いた。
「岩原主任、吉田部長がおっしゃるようにすぐにお辞めなさい。懲戒解雇はさすがに気の毒だから、自主退職でいいわ」
「た..橘社長...」
麗子の言葉に岩原主任が固まり、みるみるうちに大粒の涙を流した。
「それから吉田部長、あなたは管理能力不足ということで降格処分でよろしいかしら。副部長でも課長でも好きな役職になればいいわ」
「承知いたしました」
苦虫を噛み潰したように吉田部長が答える。岩原主任が事実上のクビなら、さすがに自分だけ無傷でいられるはずがないのはわかっている。しかも、岩原主任の処遇については自分が言い出したことなのだ。
しかし、これで話が終わったらつまらない。立場の弱い女性を泣かせるだけの公開処刑になってしまう。さすがにそれじゃ俺だって後味が悪い。
ここで麗子が大鉈を振った。
「それと大下社長。岩原さんは私の会社へ入社してもらい、そちらへ出向する形にします。そちらでは部長待遇としてください」
三者三様の反応を横目で見ながら、麗子は俺にこっそりとウィンクをした。
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