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第6話 嘘と真実
目の前の男は目を閉じ、だらしなく口を開け恍惚の表情を浮かべている。
「おい、ケージ! ケージ!!」
俺の呼びかけに慌てて目を開け、心底嬉しそうな表情で答える。
「あ~ やはり直江様の奥様との思い出は、思ったとおり最高品質でした。早速味わってしまいました」
「これで気が済んだか?」
「はい、ありがとうございました」
そう言うと、俺の目の前にいる男は深々と頭を下げた。いつの間にか両手に大鎌を持っている。
「それでは、直江様のセカンドライフが素敵なものになりますように」
そう言い残して男は消えた。
(まさか本物!?)
俺は急いでポケットからスマホを出した。アルバムを開き、サムネイルを一気にスクロールさせ、適当なところで写真をズームしてみる。
あっ、この写真は出雲に行った時のものだ。俺と妻が並んで微笑んでいる。あれ? その時は誰に撮ってもらったんだっけ?
更にスクロールして違う写真をズームする。大阪から九州へ向かうカーフェリー内で撮ったものだ。天候が悪く海が大荒れだったから良く覚えている。船が揺れて揺れて...あれ? その時の妻の様子は??
動画があった。聞き覚えのあるはずの妻の声。しかし全然懐かしいと感じない。
(思い出せない)
幼少の頃の自分の写真を見ているようだと言えばわかりやすいだろうか。そこに写っているのは確かに自分なのに、撮ってもらった記憶が一切ない。まるで、他人が撮った写真を見せてもらうくらい感情移入できない。
俺はケージのことをまるっきり信じていなかった。自分で決めた設定の中で妄想し、思いついた嘘を並びたてるホラ吹きだと思っていた。
しかし、それは大きな間違いだった。あいつの言っていることは全て真実だった。たった一つの嘘も言っていなかったんだ。
こうして俺は妻との思い出を失った。
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