巻き戻しの独白

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「なあ、これはどこに置く?」  かけられた声に応じて振り向くと、あいつがダンボール箱を抱えて部屋の入口に立っていた。 「ああ、それは、机の上へ」  そう答えると、はいはい、と言いながら幼馴染は部屋に入ってくる。 「でも、驚いたよなぁ。まさか中学に上がってから再会するなんてさ」 「それ、今日だけで何回目?」僕はふき出しながら応える。 「だってさ、小学生の時に、お前が引っ越しして、その後、俺も引っ越しして、それからまた、こうして会うなんて、しかもマンションの隣同士の部屋とか、どれくらいの確率だ? 天文学的ってやつじゃないか? こんなの誰でも、何回でも驚くだろ」 「個人的に驚いたのは、お前が三年以上前からほとんど変わってなかったことだよ」  ベッドにマットと敷き布団をセッティングしながら僕が返すと、幼馴染は、たった今運んできたダンボールの箱を漁る手を止めて、あ? と言いながら振り向いた。 「なんだ? どういう意味だ? 背も伸びたし、こうして片付けの手伝いもしてやってるだろ? 成長しつつも、昔と変わらず良い奴のままだろ? 何か問題あるか?」 「そうやって僕の私物を遠慮なしに物色するところとか、昔のままだよね」 「そうそう。お前これさ、懐かしいよな。よくまだ持ってたよ、本当に」  僕の返しの皮肉をいとも簡単に受け流して、幼馴染はダンボール箱から次々に中身を取り出す。 「あっ!」  突然上がった高い声。  何か壊したのだと思い、僕はベッドを整える手を止めて、幼馴染の隣に移動する。 「なに? どうしたの。何を壊した?」 「いや、壊してねーよ。決めつけんな」  幼馴染は笑いながら、僕の眼前に、片手に収まるサイズの黒い長方形の物体を持ち上げてみせた。 「お前、これ、すげえ懐かしいな。覚えてるか?」 「覚えてるよ。声とか音楽とか録音して遊んだやつでしょ?」 「何て名前だっけ? CDプレイヤ? MDプレイヤ?」 「いや、それよりもっと古いやつだよ。カセットテープ」  答えながら、僕はそれを受け取る。  正確には、この機械の中に入っている、交換可能な磁気テープを巻いたものがカセットテープであり、この本体は、持ち運びが容易となるよう機能を簡略化、重量を軽量化させた、ハンディ再生機器である。正式名称でいえば、カセットテーププレイヤ、もしくはポータブルカセットプレイヤなどであるが、人間は名称を短称化したがる習性があるため、今も昔も、カセット、カセットテープ、という愛称の方が一般的で強い。 「元は、お前のお父さんのだっけ?」  幼馴染が人差し指でカセットテープ本体の表面をつつきながら聞く。 「そうそう。さすがにもう使わないから、好きに使って遊んでいい、って貰って、そこから僕達がおもちゃにしてたんだよ」 「やっぱり、そうだったよな。お前が最初に持ってきた時には、古い曲が録音されてたもんな」 「昭和に流行った曲だね」 「あれ、演歌だったか?」 「うちのお父さんは、そこまで古い世代じゃないよ」  僕はふき出しながら応じる。 「でさ、それ、まだ使える?」  問われた僕は、本体の再生ボタンを押し込んで起動を試みる。  反応なし。  本体を開いてテープの無事を確認。再度閉じて、上下を確かめ、底部の乾電池を入れる箇所を開けてみて、原因が判った。単三電池が二本必要であるのに、それが入っていなかった。 「ああ、そうだ。液漏れしたらまずいからって、電池抜いたんだ」  僕がそう呟くと、電池って液出んの? こわ、と幼馴染が呟いた。小学生の理科で習ったことを既に忘れてしまったらしい。 「電池があれば、多分まだ動くと思うんだけど」 「単三?」 「うん」 「何本?」 「二本だね」 「分かった。ちょっと待ってろ」  言うやいなや、幼馴染は僕の部屋から出て行き、おかーさーん、と僕の母を呼びながら廊下を移動する。  僕の母をおかあさんと呼ぶのも昔と変わっていないよな、と独り言を溢す。しかし、あれが母には好評で、あいつは小学生の頃も、こうして再会した今も、母に大変気に入られているから不思議なものだ。  僕は大人しく待っているつもりだったのだけれど、ふと、エアコンのリモコンに目が留まった。  手に取り、裏返して、フタを開けてみる。乾電池が二本。都合良く単三だった。  僕はリモコンから乾電池を引き抜いて、カセットテープ本体に挿入し、起動してみた。  カチッ、という音とともに、無事起動に成功した。  よし、という自分の声。  よし、という幼馴染の声。  驚き、息を止める。  本体から聞こえてきたのは、あいつの声だった。 『これ、ちゃんと録音できてんのかな……まあ、大丈夫だろ』  間違いない。  幼馴染の声だ。  けれど、今のものではない。  もっと幼い頃の、そう、小学生の時の、あいつの声だ。  息を吐く音。  溜息だと分かる。 『いざ録音すると、緊張するな。どう言ったらいいのか、分かんなくなる』  過去の幼馴染が言う。 『お前が引っ越すって聞いて、俺、びっくりしてさ。もう会えなくなるなら、それより先に、言っときたいことがあって……』  僕はベッドまで移動して腰かけ、続きを聞く。 『俺、こんなだからさ。言葉遣い悪いし、性格自分勝手だし、自分のこと俺って言うしさ……』  声が聞こえた。  過去からではなく、現実の世界で。 『正直、そういうふうには見れないだろ? 男友達と同じくらいに思ってるはず。俺も最初は、お前のことをそんな感じに思ってた。一緒に馬鹿やってくれる友達、ゲームしてくれる友達、家が近所の友達ってさ』  近づいてくる。 声と足音。 『だから本当に、気づいたら、だったんだけど、俺さ、お前のこと……』 「おい、電池貰ってきたぞ」 『好きになってた』  同時だった。  重なった声。  首を傾げる幼馴染。  僕はカセットテープ本体を指してみせる。 『だから、もし、またどっかで会えたら、この録音に気づいて、ここまで聞いて、俺のこと嫌いにならなくて、返事してもいいかな、って思ったら、その時は答えが欲しい。これ、告白だから……』  ここまで再生されたところで、凄まじい勢いで幼馴染が、僕の手からカセットテープ本体をひったくり、停止ボタンを押した。  カチン、という大袈裟な音。  それから、静寂。  彼女は抱き込むようにして、僕の目からカセットを隠したまま。  本人も下を向いたまま。 なので、表情は窺い知れない。 「こんなロマンチックな告白の仕方、よく小学生の頃に思いついたね」  僕がそう告げると、彼女は僕の太ももを片手で引っ叩いた。乾いた音がしたし、痛かった。 「録音したこと、覚えてたんじゃないの?」僕は聞く。 「正直……忘れてた。これを見ても思い出さなかったし」 「録音の内容を聞いて、ようやく思い出したってこと?」 「うん……」  彼女は頷き、しばしの沈黙。 「……俺、変わってないだろ」  下を向いたまま、彼女が呟いた。 「さっきお前が言った通りだよ。相変わらず自分勝手だし、自分のこと俺っていうし、こうやってお前のこと叩くし、全然可愛げないだろ。自分でもそう思う。変わろうとはしたけど、あんまり、いや、ちっとも上手くいかなかった」 「うん」僕は頷く。 「でさ、その……こんな聞かせ方じゃあ、説得力ないかもしれないし、都合良過ぎとか思われるかもしれないけど、俺さ、あの頃と気持ち、変わってないんだ」 「うん」 「だから、よかったら、返事……聞かせてくれるか?」  幼馴染が顔を上げる。  頬を真っ赤にして、上目遣いで僕を見る。  僕は彼女の前に屈みこんで。  返事をした。  変わっていくことの良さもあるけれど。  変わらないことの良さだってある。  時代は変わっていく。  人も変わっていく。  新しさがあれば、廃れていくものもある。  時間を止めることは、どうしたってできないから。  僕達の繋がりだってそうだ。  一度は途切れてしまった。  けれど、こうして再会することができた。  時間を超えて、想いを知ることができた。  素敵なことだ。  素晴らしいことだ。  僕は、それに応えたい。  僕も、彼女へ伝えよう。  言葉として、行動として。  あの頃の想いを巻き戻し。  未来へと上書きしてゆく。
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