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道中。
「あ、綿貫危ない! ゴキブリが足元に!」
飛び退く綿貫の足元には何もいない。
「おっとぉ、カラスが!」
咄嗟に屈むが接近してくる鳥などいない。
「あれ!? 佳奈じゃん。お疲れ!」
明らかに顔が高揚した綿貫だけど、橋本の手を振る先にクラスメイトにして三番手アイドル的存在の高橋さんはいない。
「お、こないだ買った宝くじが当たったって。五千円、ゲットしたからファミレスで奢るよ」
覗き込んだスマホには、残念ながら全て外れです、と表示されている。これに関してはお前も虚しくならないのか、橋本。
あまりに淀みなく嘘が出てくる橋本と、いちいち騙されてリアクションを取る綿貫。ひどい力関係だ。だけどな。
「おい、ちょっといい加減にしろ橋本。マジで上映時間に間に合わなくなる。綿貫も、どうせ橋本の発言は嘘なんだから無視するとかあるだろう」
だってえ、と応じる綿貫は泣きそうだ。
「もしかしたら本当かも知れないって思うと、ちゃんと反応しちゃうよぉ」
「素直か」
「素直だねぇ。あー、面白い」
取り敢えず橋本を一発殴る。なはは、とそれでも笑っていた。こいつの根性は七百二十度くらいねじ曲がっているな。
「だけど考えてもみろよ田中。本当にゴキブリがいたり、カラスに襲われているかも知れないんだぞ? もし疑って無視して被害を被ったら、教えてくれた橋本に悪いじゃないか」
「お前はどんだけ人が好いんだ。わかった、もしそういう危険が迫っていたら俺が教える。だから橋本の発言は無視しろ。キリが無い」
すると橋本が、あれぇ、と唇を歪めた。
「田中、その発言ももしかして嘘? 自分を信じ込ませておいて、最後にとっておきの裏切りをするとか?」
どこまで底意地が悪いんだこいつは!
「もう誰も信じられない! 」
そう絶叫した綿貫はその場にしゃがみこんでしまった。いい加減にしろ、と橋本をもう一発ぶん殴り、お前も立て、と綿貫の尻を蹴飛ばす。
「なんで俺まで!?」
「映画に遅れそうだからだよ。俺だって観たいのに、くだらない嘘でちんたらちんたらしやがって」
「元凶は橋本だろ!?」
「だからうずくまるくらいには強く殴った」
みぞおちを押さえた橋本が電柱に寄り掛かっている。ざまあ、と綿貫は途端に顔を輝かせた。
「正義は勝つ!」
お前はただパニックを起こしてしゃがんでいただけだけどな。
おら行くぞ、と橋本の背中を叩く。
「……無理」
「それも嘘だろ? 平気だよな。な? 流石橋本、嘘吐きだねぇ」
首根っこを掴み引き摺っていく。悪かったよぉ、と情けない声が響いた。やれやれ。
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