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疑心暗鬼な親友。
綿貫の部屋の扉を開く。お疲れ、と声を掛けると肩を震わせた。勉強机に向かっていた親友が振り返る。その目は何だか怯えていた。まあこいつが挙動不審なのはいつものこと。気にせず俺は本題に入った。
「なあ、綿貫。映画を観に行こうぜ。今日は一日だから百円引きで観られる」
「お前の好きな綾継さんが出ているやつ、あるだろ。SF物の作品。あれにしようと思うんだけど」
もう一人の親友、橋本が俺の後ろから声を掛けた。
「綿貫は本当に綾継さんが好きだよな」
「写真集まで持っているなんてスケベな奴だよ」
「まあ可愛いし、スタイルもいいもんなぁ」
「わかりやすく見た目に引かれている。綿貫らしいね」
好き勝手喋っていると、本当なのか、と呻くように綿貫が口を開いた。
「何が」
「映画。本当に割引なのか」
「そうだよ。知ってるでしょ、一日割。今まで何度も使っているじゃん」
しかし綿貫は目を見開き、ゆっくりと首を振った。
「普段なら疑ったりしない。だけど今日は四月一日。エイプリルフール!」
アホみたいに叫んだ。だから何だ、と冷ややかな目を向ける。
「騙そうとしているんじゃないのか。一日割が利くって」
「誰が」
「映画館が。一日割と見せかけて、実は今日も定価でした、ちゃんと高校生の料金分を払って貰います。そう、言われるんじゃないのか」
「もし映画館が本当にそれをやったら、たぶん詐欺とかで騙した額より遥かに高い罰金を取られると思う」
冷ややかに対処する。だが綿貫の怯えは収まらない。
「そもそもお前ら、本当に映画を観に行きたいのか。嘘を吐いて、別に観たくもない映画を観たいふりして誘っているんじゃないのか」
わけのわからない疑い方をしている。
「それ、俺らが得しないだろ」
「むしろ大画面で綾継さんを観られる綿貫だけが得をするじゃん」
「疑心暗鬼になりすぎ。エイプリルフールだからって何でもかんでも嘘だと思うな」
でもさぁ、と尚も食い下がる。まあ綿貫は素直だから騙しやすいもんな。リアクションもいいし、からかいたくなる気持ちはわかる。だけど素直過ぎて可哀想だから俺はむしろ庇う側だ。問題はだな。
「大丈夫だって。ほら、上映時間になっちゃうよ。早く行こう」
橋本が綿貫の背中を叩き、出発を促す。わかったよ、と渋々立ち上がった。ジャンパーを羽織り、財布とキーケースを突っ込んでいる。
「あ! まずい! あと十五分で始まっちゃう!」
「え、マジか! 急がなきゃ!」
慌てて部屋を飛び出した綿貫に、嘘だよ、と橋本がすぐにネタばらしをした。おい、とたたらを踏んでいる。
「四十分あるからまだ平気。映画館までは歩いて二十分だからね」
「おい、ふざけんな。余計な嘘を吐くなよ」
「だって今日はエイプリルフールだもーん」
「だから嫌なんだよ!」
溜息が漏れる。嘘を吐くのに何の抵抗もない橋本は、毎年こうやって綿貫をからかっているのだ。ご丁寧に毎度騙される綿貫も進歩が無い。いや、でも今年は疑心暗鬼になっていたから去年よりは警戒心が上がったのか。どっちにしろ、今日はやかましくなりそうだ。やれやれ。
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