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梅の季節が終わりを迎え、桃が咲きはじめた。
桃が散った頃に咲くのは桜だろう。
神隠しを解決したという話がいったいどういう風に辿り着いたのかは知らないが、瓦版屋が大興奮で珍しく長屋の史郎の家にまで押しかけてきた。
「先生の評判が上がりますから、ぜひとも先生の新しい記事を……!」
「いやあ……これは伝手とこねと運に寄るものだから、俺が全部解決した訳じゃないし。これ以上書くことはできないよ」
「そこをなんとか! 最近は面白い記事を書くとなにかとお上に睨まれるんで、面白いことをしている人が書いた記事のほうが読んでもらえるんですよ!」
それに史郎は遠い目をした。
下手に動けば、土御門家のお家騒動……それも息子の乳母を孕ませた駄目当主の話が表になってしまうため、できれば避けたい。結局のところ、人が一番求めているのは他人の醜聞だということを、史郎はよく知っている。
おまけに瓦版屋に長いことしがみつかれても迷惑だ。暦を印すことができなくなる。
「あのう、お茶が入りましたよ。どうぞ」
「ああ、悪いね。ところでお弟子さんも、なにか書かないかい!?」
「はいぃ?」
「いざなぎ流陰陽術は江戸じゃまだまだ評判は出回ってないし、なんと言っても女も陰陽師になれるというのが魅力的に見える。どうかな!?」
「えっと……」
それに椿は困り果てているのに、溜息をついて史郎が間に割り込んだ。
「はいはい、その辺で。とりあえず仕事は受けるから。なに書きゃいいんだい?」
「できる限り実話みたいな話にしてくださいよ。本当なら荒唐無稽な話を載せたいところだが、お上がうるさいからね。実話で誤魔化さないと」
「実話ね……わかった。考えるから」
ようやっと瓦版屋を追い返すことができ、ふたりでお茶を飲む。
瓦版屋が土産に持ってきた団子を食べながら、ゆっくりとお茶をすすった。
「もうすぐ春ですね」
「そうだな、まあ暦の上ではとっくの昔に春にはなってるがな」
「そうですね。春になったら、川辺で花見をしましょう」
「そりゃかまわねえが……春の川辺なんて言ったら、花見客で賑わって大変なことになってるだろ」
「ですけど……きっと楽しいですから。お糸さんや佐助さんたち、お松さんたちも誘って」
「まあ……」
桜を肴に飲む酒は美味い。
惣菜屋で買ってきた弁当を並んで食べ、酒を飲むのはきっと楽しいことだろう。
「考えておくよ」
「はい!」
それに椿が笑った。
このふたりの出会いもおかしなものだった。
陰陽師と押しかけ弟子。ふたりで様々なものに巻き込まれ、そして解決に導いた。
縁と縁はおかしなもので、それが必然かは、わからない。
全ては天の気まぐれ。
<了>
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