段ボールハウス

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段ボールハウス

 都営地下鉄とJRの乗り入れる駅の中、問屋街に行こうとする途中の通路にはたくさんの段ボールハウスが並んでいた。  和子が会社に勤めている時には新宿の西口の地下通路で同じような光景を見たことはあるが、新宿の地下の段ボールハウスは完全に撤去され、最近ではあまりみる事はなかった。  実家の手伝いの為、この駅に仕入れに来たのだが、久しぶりに段ボールハウスを見た。  この駅は撤去しないのだろうか。  いや、あんなに沢山あった新宿の地下通路にあった段ボールハウスの人たちはどこへ引っ越したんだろう?  案外この辺りにいる人たちは、新宿の地下通路から引っ越してきたのかもしれないと思った。  外で過している人たちは段ボールではなく、ブルーシートでちゃんと屋根をつくって、その中で段ボールのお布団を作って眠っているようだ。  大きな川にかかる鉄道のガード下などにはよくブルーシートハウスが見受けられる。  和子はブルーシートハウスには近づいたことはなかった。    新宿で務めている時にも、あえて段ボールハウスの近くを歩こうとしたことはなかった。  何となく怖いし、臭うし、一人で歩くのはちょっと嫌だった。    仕入れを手伝うようになって、この駅を使うようになった。  目的の問屋に出る為の通路にも沢山の段ボールハウスがあったが、母や叔母と一緒なので、その横を通るのもあまり気にならなかった。  元々屋根のある地下通路の段ボールハウスは、留守の時はたたまれている事が多いが、勝手に持っていかれないように、段ボールの上に傘や衣類が掛けられている。  何か暗黙の了解があるのだろうか?  晴れた日には畳まれている事が多い。  雨の日には段ボールハウスは四角く組み立てられ、中には人の気配もする。  さすがに人の気配がすると、横を通るのは怖い気がして、母も叔母も和子も無言でスタスタと通り過ぎる。  ある時、その通路の段ボールが一斉に撤去されていた。  強制的なお引越しという訳だ。    いったいどこへ引っ越すのだろう?と和子は考えていたが、次の仕入れの時にはまた同じ場所にダンボールハウスができていた。  どうやらこの駅はそこまで本気で撤去する気はなさそうだった。  母が亡くなり、もう、仕入れに行くこともなくなったので段ボールハウスを見ることもなくなったが、未だに、あの段ボールハウスの人たちは何を生業にして、どのように生活していたのか、不思議になる。  すべての段ボールを撤去されたときにはどこにお引越ししていたのだろう。  次に来たときにはどこからか、また新たな段ボールを見付け、自分が横になれる数を並べ、ドブネズミの出入りする排水溝の横でも平気で眠っている。  あの人たちに、ふつうの家はあったのだろうか?  いつからあの地下通路に引っ越したのだろうか?  和子にはわからないことだらけだが、息子たちが家で段ボールハウスを作るのを見るたびに、思い出す。  できれば、息子たちには生涯普通の家で暮らせるようになってほしいと心の中で望む和子だった。 【了】      
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