第2章 黒髪の剣士

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 この世界の竜に雌雄はない。彼らは自然に発生する。  竜は自然が生み出すもの。  自然の生き物は生まれつき微かな魔力を持っている。使われない魔力は彼らから零れ、少しずつ集まって、ある時、竜になる。  豊かな自然に生える草木や咲く花、野を駆ける鹿や空を飛ぶ鳥たちから溢れてくる微かな魔力を集めて、竜はある日、何かの気まぐれのように発生する。  野火が消えたばかりの草原の片隅に。  小さなつむじ風が解けたその後の地面に。  小川を流れる水がくるりと渦を巻いたその中に。  王はこれをはるか離れた王都から感知できる魔術を持つ。竜が発生したときに放つ独特の魔力を識別できる、らしい。  自然の魔力から生まれた竜は、まわりから魔力を集めて成長する。  草花、木々、虫や鳥などの動物たちから零れ落ちる微かな魔力が竜の餌。  だから竜は自分の住んでいる場所が人間に荒らされることをひどく嫌がる。竜が生きる場所は、生き物の生きる力が満ちた豊かな土地。  そんな土地は人間にとっても魅力的だから、土地を巡って竜と人間の間に争いが起きた。だから竜が発生したら成長しないうちに退治しなければいけない。  でもそれはずいぶん昔のことでお伽話のようなもの、のはずだった。  翌朝早く、僕を含めた巡検師団は中庭に整列していた。  すでにやってきていた王の使者が、事前に僕が報告していた巡検師団の構成と違わない事を確かめた。ついでに、巡検が事前の報告とは違う行程になったことを王に認めてもらうための手続きもしてもらった。  ・・・・・・違う行程になったのはそっちの都合なんだけど。  僕はこっそりそう思った。  巡検師団の中にはちゃっかりヴィランも混じっているし。 「いやあ、昨夜こいつらに聞いて驚いたよ、領主様の巡検師団だったのか」  中庭に出てくる前、僕が泊まっていた部屋から廊下に出ると、ちょうど部屋から出て来たばかりのヴィランは大きな声でそう言って、僕の肩をばんばんと叩いた。  領主の肩を叩いてはいけない、という決まり事はないけれど。  ふつうは領主と呼ばれる人間の肩を、こんなに遠慮なく叩かないと思う。  こいつら、といわれた巡検師団の他の皆は眠そうで、大部屋に泊まっていた彼らは昨夜一晩で親交を深めていたようだ。ようだ、どころではなく。  彼らの大部屋と廊下を挟んで向かいの部屋、僕とラジルが相部屋で寝ていた部屋まで彼らの徹夜の騒ぎが響いてきて、うるさくてなかなか眠れなかったのだ。  でもラジルはしっかり熟睡していた。  ・・・・・・ラジルだっていちおう僕の護衛を任されているはずなんだけどな。  いくつかのことが原因で爽やかな朝の空気とやらを満喫することができないまま、僕は王の使者に先導されて竜が出現したという場所に案内してもらうことになった。  なんでもここから半日ほど移動する必要があるという。  その間、僕は野生の竜を見たことがない巡検師団の皆に竜とはどんなものなのか、竜討伐とは何か、これから皆には何をしてもらうのか、説明した。  僕が幼い頃に母から教えてもらった記憶。  母が亡くなった後は、母に最も近しかった侍女に度々確認させられた竜討伐の魔術の記憶。 「竜と直接対峙するのは僕だけで、基本、皆には竜が逃げないように逃げ道を塞いでもらうことになる。皆が持っているその槍で十分なはずだよ」  巡検師団の各々は、自分の手の中の槍を眺める。背丈より少し長くて、先端はそこそこ尖ってはいるけれど、刺すよりも叩く方に特化して平らになっている。 「生まれたばかりの竜はヤギぐらいの大きさだから、動きを抑えるのはその槍でちょうどいいんだ」  竜がほとんどいなくなったここ最近では飾りのように思われているその形だけど、元は竜討伐のために作られた武器。 「ステファン、俺は何をすればいいんだ」  ラジルが訊いてきた。ラジルは槍だけでなく剣も使うことができる。 「ラジルは僕に何かあった時に代理を務めてもらうことになるから、巡検師団の後方で彼らをまとめてほしい」 「それでいいのか。いちばん楽な仕事のように思えるけれど」 「いいんだよ、ラジルはそれで。竜に魔法をかけることができるのは僕だけだし、なにより危ない目に合わせたら城に帰ってからマーリンに僕が怒られる」 「マーリンのことは今、関係ないだろう」  ラジルがちょっと怒ったような口調になった。予想外の反応だったけど、揶揄われたと思ったのなら僕は反省しなくては。  気を取り直して、僕は巡検師団皆に竜退治の手順を説明した。 「竜の身動きを取れなくしてから僕が竜に使役の魔法をかけて、何か別の生き物に姿を変えたらそれで終わり」 「ステファン、竜の姿をその場で変えるのか」  ラジルではないけれど、同じように軽い苛立ちが感じられる声。知らず、僕の眉が寄せられた。  低いけれどよく通るその声の主は、ヴィランだった。
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