第2章 黒髪の剣士

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「ちょっと考えさせてほしい」  僕はラジルの腕を掴んで少し離れたテーブルに移動した。  ヴィランという男はさっそく他の巡検師団の他の者達と話を始めたみたいだけど、気にしている余裕はない。 「どこの国の者だろうな。留学した王都でもあのようなものはあまり見なかった気がする」  ラジルがその様子を遠目に眺めながらのんきなことを言う。僕はぜんぜん面白くない。 「そんな素性が分からない奴をそう簡単に雇えない」 「ステファン、でも人数合わせにはちょうどいいだろう。巡検の五日間だけの契約でいいんだから、彼に仲間に入ってもらおう」  何故だか僕は素直に頷けない。  小さく、言葉にならない唸り声を零す僕の顔を覗き込んでラジルが言う。 「どうせステファンのことだから、もうこうなったら可愛い女の子とか、お色気担当のお姉様を雇おうとか思っていたんじゃないのか」  ぐ。  見抜かれて言葉に詰まる僕の顔を、ラジルの琥珀色(アンバー)の目が見据えてくる。 「それこそ許さないからな。国のための公務だぞ、この巡検は。マーリンが知ったら城に入れて貰えなくなる」  ラジルにいろいろ見抜かれていた僕は無言で席を立った。ラジルが少し遅れて付いてくる。  僕は食堂を横切って、巡検師団とヴィランが談笑しているテーブルに近づいた。なんだってこんなに馴染んでいるんだ。  テーブルの脇に立った僕に気づいて、テーブルについている者達がこっちを見た。僕の険しい表情に皆の背筋が伸びる。  よろしい。僕はこの国の領主だ。 「ヴィーラントといったか、今この巡検師団には確かに一人足りない。かといって、そう気安く見知らぬものを雇うわけにはいかない」  重々しく告げる僕の言葉に巡検師団のメンバーとヴィランが顔を見合わせる。だから、なんでそんなに仲良くなっているんだ! 「したがって、」  ドタン、バタン!  僕がその次の言葉を言う前に、宿の主人が大きな音を立てて食堂のドアを開けて中に転がり込んできた。さっきといい今といい、今夜、宿の主人はそういう星回りのようだ。 「ステファウヌス様、王の使者がこちらに見えておいでです」  王の使者。  僕に巡検を命じたあの使者達だろうか。まだこの国内にいたのか。  食堂のドアの外、中に入ろうとはせず戸口を塞いで甲冑姿の使者の姿が見えた。  城に来たのと同じ使者達だ。強い違和感。  僕はこれまでになく強い緊張に手足が強張るのを感じた。なにか、おかしい。 でもなにが。  食堂の入り口、光と闇の境界を挟んで僕は王の使者と対峙した。 「王都から、水の領主ステファウヌス様の巡検が予定されている付近で竜が出現した、という情報が入りました。水の領主様に於かれては、巡検の予定を差し止め、急遽、竜討伐に向かってほしいとの王命です」 「竜、ですか」 「明朝早く発つように。ご存じのように竜を退治できるのは国の(あるじ)のみです」  魔術による支配を受けていない野生の竜を退治できるのは、魔術師の中でも公国の領主の肩書を持つ者だけ。  巡検師団の構成は整っているかという点だけ朝の出発前に確認したい、とだけ言い残して王の使者は夜の中に消えていった。  野営でもしているのだったらこの宿に泊まっていってはどうか、という言葉は、僕の口から出ることはなかった。  考えなければならないことが多すぎた。  再び現れた王の使者、突然の竜の出現、……城を出る前に思い出した母の記憶。何かが、いや、これは?  思考を総動員し始めた僕の肩に、ぽん、と誰かの手が置かれた。 「とりあえず、明日の朝の点呼、人数合わせに俺もいた方がいいよな?」  ヴィランの馴れ馴れしい手を肩から払って、でも僕は彼が言っていることを否定できなかった。  ヴィランはそんな僕を気にも留めずに後ろを振り向き、僕の巡検師団に向かってこう言った。 「あらためて、明日から一緒に行動させてもらうヴィーラントだ。これからもよろしく」
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