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「でも、次の日の夜のことは、今でも鮮明に覚えているんです」
そう言って涙を滲ませたAさんは、翌日の夜にあった出来事を語り始めた。
相変わらず蒸し暑さの続く真夜中、人の気配を感じて目を覚ましたAさんは、すぐ横の窓辺に目を向けると、そこに居た祖父の背中に向かって口を開いた。
「おじいちゃん……? なんしよん?」
寝ぼけ眼でそう声を掛けると、こちらを振り返った祖父は優しく微笑んだ。
「じいちゃんが側におるき、安心して寝や」
そう言って優しく頭を撫でてくれた祖父の手は暖かく、それに安堵したAさんはゆっくりと意識を手放した。
そんなことが三日三晩も続き、ちょうど一週間が経った頃。Aさんの祖父は、突然この世を去ってしまったのだそうだ。
「私の身代わりになったんだと思います」
そう言って目を伏せたAさんは、キュッと固く結んだ唇を小さく震わせた。
そんなAさんを前に、私は取材の手を休めることなく口を開いた。
「身代わり、とはどういうことですか?」
感傷に浸っているAさんに目をくれることもなく、私はそんな質問を繰り出した。対して、そんな私の姿に気分を害した素振りもなく、ゆっくりと語り始めたAさん。
「これは後で知ったことなんですけど、三日三晩続けて真夜中に野辺送りの行列を見た人は、その魂を道連れにされてしまうんだそうです。亡くなった魂が一人では寂しいからと、道連れにする魂を探すことがあると、私の田舎では古くから言われているみたいなんです」
「Aさんは、それを信じているんですか?」
「はい、私はそうだと思っています」
「何か、根拠でも?」
「あの時……祖父に頭を撫でられた時、ハッキリと見えたんです。前日まで私の左手にあった赤い痣が、祖父の掌にあったのを──」
「痣……、ですか?」
目の前に腰掛けるAさんの姿を見つめながら、私はコクリと小さく唾を飲み込んだ。
「はい。あの野辺送りを見た翌日の朝、私の左手に薄い痣が浮き出たんです。あの時は、まさかそれがそんな恐ろしものだなんて思いもしませんでした。花弁のようでなんだか可愛いだなんて、そんな風に思っていたほどでしたから……。でも、祖父が窓辺に座って外を眺めるようになったその夜から、私の左手にあったその痣は、すっかりと消えてしまったんです。まるで、祖父の左手に移ったかのように──」
そう告げたAさんの言葉を思い返しながら、私は一人、寂れた商店街を歩いていた。
ニ日程前に書き上げた原稿は、Aさんのおかげもあって、無事に特集記事に掲載されることが決まった。思えば、私が野辺送りという風習に興味を持ったのは、この寂れた商店街での出会いが始まりだった。
そう思うとなんだか感慨深いものがあり、私は歩みを止めると涙を滲ませた。
ハロウィン本番は初日で終わっていたというのに、三日三晩続けて見掛けたあの野辺送りの行列。あの時の私は、そんな事にすらなんの疑問も感じなかった。
今にして思えば、そんな疑問すら思い浮かばない程に、その行列に魅了されてしまっていたのだろう。
あのドス黒く渦巻く顔の先には、一体何が見えるのか──。そんな興味を持ってしまったことが、抗えない“何か”に取り憑かれていた証拠に他ならない。
左手に浮き出た花弁のような赤い痣を見て、私は迫り来る“死”を悟って静かに涙を流した。
この記事が雑誌として世に出る頃には、もう、私はきっとこの世にはいないのだろう。
─完─
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