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第4話 予想どおりの展開すぎる
偶然とは言え、希壱と二人きりで会ったのだからこうなると、一真は最初から想像がついていた。
あの日からしばらく、希壱の兄である三島弥彦と、姉である時沢あずみに呼び出された。面倒くさいと思いつつも、予想どおりなので、避けられるものでもない。
残業をせず、仕事を早めに切り上げた一真は、希壱を見送った駅で電車を降りた。待ち合わせは駅前にある、チェーン展開しているカフェだ。
昔からなにかあるたび、ここへ呼び出される、三人のお決まりの場所だった。
店内に入るとすでに二人は揃っている。
一真が注文を済ませ、テーブルに向かっていくと、気づいた長身の男――弥彦――が席を立って向かいに移動する。
そして長い黒髪の女性――あずみ――の隣に座り直した。
黙ったままテーブルに飲み物のカップを置き、一真は先ほどまで弥彦が座っていた椅子に腰掛ける。正面で、二人が対照的な表情を浮かべていた。
「おい、峰岸。希壱と連絡先を交換したんだってな」
「希壱ってば、一真さん一真さんって可愛かったわよ。すぐさま名前呼びをするとは、やるなぁ、希壱」
しかめっ面の弥彦と、ニヤニヤと楽しい気持ちを隠さないあずみ。
二人の言葉を聞いて、一真の口から大きなため息が出た。
「……それは、問いただされるような出来事なのか? 希壱もいい大人なんだから、誰と交流しようと関係ないだろ」
「お前だから問題あるんだろ! 男も女も振り返るような男前に、うぶな希壱がコロッと転がったらどうすんだよ!」
「それはそれでおいしいじゃない? あなたたちは大学卒業して、就職してもしょっちゅう一緒だから期待したのに、なにも起こらないんだから」
「あずみ、話をややこしくするな。弥彦の顔が酷い」
ぱっちりとした黒目に、愉悦の色を浮かべたあずみは、たしなめる一真の言葉にツンと口を尖らせる。
出会った当初から、自分の面白いと思ったことに対し、正直だ。
彼女の隣にいる、希壱によく似た――細目で人の好さそうな――顔の弥彦は苦虫を噛み潰した、という表現がぴったりな表情をしている。
希壱のほかに、歳の離れた弟がもう一人いる彼は、人のいい性格もあって世話焼きだ。
大学時代から、一真も大層世話になっていて、当時は弥彦と行動する機会が多かった。
「俺はいくら顔が良くても、こんな手間がかかって面倒くさい男は絶対に嫌だ! 可愛い女の子がいいに決まってるだろ! あっちゃんはそうやって、いつも男同士で掛け合わせようとする!」
「だって面白いんだもーん」
相変わらずの様子に一真は口を挟まず、冷房の効いた店内に丁度いい、温かいカフェオレを口に運んだ。
同い年で元々は幼馴染み。最初から家族みたいだった二人は、高校を卒業した頃、親たちが再婚をして姉弟になった。
あずみのほうが結婚をしても、本当の姉弟みたいな関係は変わっていない。
この少しうるさいくらいの二人のやり取りが、意外と一真は気が紛れて好ましかった。
出会った当初、あずみには毛嫌いですまないくらい嫌われていたけれど。時間が経って水に流されたようだ。
「で? 峰岸、希壱とはどうなんだ?」
「……ん? 漫才は終わったのか?」
「漫才じゃない! はぐらかすな」
「どうもこうも、偶然会って食事をしただけだぞ。別になにもねぇよ」
じとりと、疑いの眼差しを向けてくる弥彦に、再び一真はため息を吐いた。弟に過保護なところ、良い部分ではあるが、下手なことを言えない面もある。
満面の笑みを浮かべている、あずみの表情から推測するなら、彼女は希壱のセクシャリティーをすでに知っていたのだろう。
だが弥彦には、本人の口から伝えるほうがいいと、一真は判断した。
「飲みに行った先でたまたま見かけて、絡まれてんのかなっと思って声をかけた。久しぶりだから一緒に飲もうって、希壱が言うから承諾した、だけだっつーの!」
多少話を盛った部分はあるが、疑いの眼差しが晴れず、イラッとした一真は、つい素の乱れた言葉遣いになる。
「弥彦、気にしすぎだって。それにこんなにチャラそうな見た目だけど、峰岸がいいやつなのは知ってるでしょ? 昔みたいな馬鹿な真似、するわけないよねぇ?」
「……しねぇよ」
馬鹿な真似とは、おそらく高校時代、あずみに嫌われた原因。許可なく頬に口づけた、セクハラについてだろう。
悪ふざけであったものの、その件は多感な時期に申し訳ないと、いまの一真は反省している。
当時は見た目のとおり、チャラさが全開だった。常に女子をはべらせていたし、適当に粉をかける真似もしていた。
若気の至りというやつだ。
「それにしたって、いきなり頻繁にやり取りするようになるもんか?」
(確かに頻繁と言えるくらい、希壱からメッセージは届いているが――)
「色々と希壱の相談に乗ってただけだ」
「お前に相談~?」
胡乱げな眼差しを向けてくる弥彦に、またもイラッとした。ところが弥彦は、一真が眉間にしわを寄せてもどこ吹く風。
「希壱が峰岸に相談して解決するようなこと、あるか?」
「おい、弥彦。それはさすがに、俺に対して失礼だろうが」
「弥彦とわたしは解釈違いね。峰岸って、見かけに寄らず面倒見がいいもんねぇ」
「お前ら、ほんっとに失礼だな!」
褒めているのかけなしているのか。あずみも追従して追い打ちをかけてくる。しかし彼女は「まあまあ」と、両手で場を収める仕草をした。
「んふふ、愛よ愛。そうやって怒っても、峰岸が本気でキレないの知ってるから。でも弥彦は、もうちょっとこの男を信じてやりなさいよ。来年結婚するんでしょ、弟離れの頃合いよ」
「だけど! 希壱は来年には就職だし、下の貴穂は高校進学で色々心配が!」
「弥彦ってブラコンだよな」
「父親の気分なのよ」
なにやら葛藤しているらしく、弥彦はテーブルに突っ伏した。いまでこそ、あずみの母親が弟たちを見てくれているが、弥彦は青春時代を弟たちに捧げてきたのだ。
自分で育てた感覚も強く、一真もその気持ちはわかるのだが。いささか愛情が重たい。
「希壱はあの子次第だから、わたしは気にしてないんだけど。峰岸はまだ高校時代の気持ち引きずってるの?」
メソメソしている弥彦の頭をぽんぽんと撫でながら、あずみは一真に問いかける。
内容が内容だけに、一真は少しばかり胸の奥がざわつく。
高校時代の失恋は一真の中で、一番大きな出来事だった。
「引きずってるわけじゃねぇよ。いまは二人幸せでなによりって気分だし。もう恋愛感情も残ってない」
「ほんとに? いつまでも恋人を作らないのは、なにか引っかかってるんじゃないの?」
「なにもない。ただめんどくさいんだよ。恋だとか愛だとかいまさら」
「ふぅん、難儀な男ね」
「いまどきは独身の男も多いんだぜ」
「でもあんた、本当は誰かが傍にいてほしいタイプよねぇ」
「……そうでもない」
「お姫さまはいつ目覚めるのかしらね。このままじゃずっと時間が止まったままよ」
希壱とあずみ。義理の姉弟で血が繋がっているわけではないのに、人の感情に敏感なところはよく似ている。
居心地が悪くなった一真は口を噤んだ。そして残り少なくなり、冷めたカフェオレをあおる。
「急に呼び出して悪かったわね。弥彦は一度、気になりだしたら夜も眠れない男だから」
「めんどくせぇのはどっちだよ」
「わたしはどういう展開でもオールオッケーだからね!」
ぐっと親指を立てて見せる、あずみにため息を返し、一真はカラになったカップを手に席を立った。
「希壱のことは別にして。俺だって、峰岸には幸せになってほしいんだからな」
(ほんと、めんどくせぇやつら)
顔を上げた弥彦の言葉に、心の中で悪態をつきつつも、やはり一真にとって二人は貴重な友人だと思えた。
希壱への心配と同じくらい。一真がようやく恋愛する気になったのか、という期待もあったのだろう。
背中に視線を感じ、ひらひらと後ろ手に手を振った一真はカフェを出た。
「あっつ」
希壱と会った夜以降、急に夜も暑くなり始めた。
日に日に気温爆上がりの夏真っ盛り。
冷えた店内から外へ出ると、余計に汗ばむ熱気が身に染みる。
近頃は一年を通し、暑い日ばかり多く、四季の感覚が曖昧だ。
夜も蒸し暑く一向に涼しくならないので、早々に電車に乗って帰り、シャワーを浴びたい。
気温差に弱い一真がそう思っていたら、スマートフォンが、ふいにポケットで震える。
――こんばんは。兄がなにか迷惑をかけていたらすみません。
どうやら希壱は義母経由で、一真が兄たちに呼び出されたのを知ったらしい。
一緒に泣き顔のイラストも送られてきて、思わず一真は小さな笑い声を漏らした。
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