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悲しいだとか怒りだとか、そういった負の感情を朝陽に抱かせてしまうのが、恭生は昔からとにかく苦手だった。朝陽の目にちょっとでも涙が浮かぼうものなら、慌てふためくのが常だった。
朝陽の心はいつだって穏やかであってほしい。自分はどうあろうとも。
だが、なんでもしてあげたくなるのを慌てて制す。朝陽が言うならそうしよう、なんて。簡単に飲める提案ではさすがにない。
「なあ朝陽、オレたちは男同士だぞ」
「うん」
「……それに言ったじゃん、もう付き合うとかこりごりなんだって」
「うん、分かってる」
「…………」
幼い子に言い含めるかのように話す。だがそんなことは関係ないと言わんばかりに、朝陽は飄々と頷き続ける。本当になにを考えているのだろうか。
男同士でキスをしている自分を見て、避け始めたのは朝陽なのに。
――だからもう二度と、男を好きにはならなかったのに。
困惑する恭生とは違い、朝陽は至って真剣な顔をしている。からかわれているとはどうも思えない。
考えこんでいると、朝陽が口を開いた。
「付き合ったらさ、いっぱい会えるじゃん」
「……え?」
「恭兄の仕事が終わった後とか、休みの日とか」
必死な様子で、縋るような目を向けられる。
会えないのは寂しいと、確かに言ったけれど。
だから付き合う?
やはり、その真意がどうしても見えない。
付き合う、というのは本来、好き合っている者同士がすることであって。自分たちの間には、恋心なんて片道すらない。ましてや幼なじみとしての絆すら、心許ない細い糸しか残っていないのに。
「……意味分かんねぇ」
「どの辺が?」
「どの辺が、って。だって朝陽、オレのこと嫌いじゃん……」
自分で放った言葉が、自分の胸に突き刺さる。朝陽の顔を見ているのが怖くて、深く俯く。
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