かわいい弟

2/7
前へ
/61ページ
次へ
「恭兄、あれ欲しい?」 「正直かなり欲しい」 「分かった。俺が獲る」 「え、朝陽こういうの得意?」 「うん、結構」 「マジか」  朝陽は謙遜したが、腕前は見事なものだった。巧みにぬいぐるみを転がして、ふたつともほんの数手で獲得してしまった。 「すげー……」  少なくとも、中学までの朝陽とこんな思い出はない。朝陽の新しい一面を知られた嬉しさに、離れていた期間の長さを感じ少し切なさが混じる。  呆気に取られていると、はい、とふたつを手のひらに乗せられた。 「あげる」 「いいのか?」 「うん。恭兄のために獲ったんだし」 「……あ、じゃあお金」 「要らない」 「でも」 「いつもご馳走になってるし。これくらいさせてよ。もらってくれたほうが、何倍も嬉しい」 「朝陽……ん、分かった。なあ、じゃあさ、うさぎは朝陽が持ってて」  祖父にもらったぬいぐるみ同様、恭生の名前にちなんだうさぎのほうを朝陽に渡す。手元に残った犬のキーホルダーを撫で、さっそくスマートフォンに取りつけてみせると、朝陽は照れくさそうに笑った。  朝陽の笑顔に出会う度、何年ぶりだろうかと毎回感激してしまう。あの夏以来つんけんとしていた口ぶりも、すっかり柔らかく元通りになった。こちらが本来の朝陽だと、幼い頃を思い出せばよく分かる。  嫌いだなんて思ってない――この関係がスタートした日の夜、そう言った朝陽を手放しで信じてみたくなる。だが、じゃあなぜずっと素っ気なかったのかと、疑問が拭えない自分がいるのも確かだった。 「じゃあ俺もこれ、スマホにつける」 「はは、マジ?」 「俺がぬいぐるみつけてたら変?」 「ううん、かわいい」 「もー……かわいくないって」 「はは」  朝陽と付き合えば、祖父の言葉の真意が理解できる。そう言われたからこそ始まった関係だが、それはまだ少しも分からないままだ。  だが朝陽と共に過ごし、懐かしい姿を見て、新しい一面も知ることができる。そんな時間を過ごせるだけで、恭生は満たされている。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

124人が本棚に入れています
本棚に追加