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「恭兄、あれ欲しい?」
「正直かなり欲しい」
「分かった。俺が獲る」
「え、朝陽こういうの得意?」
「うん、結構」
「マジか」
朝陽は謙遜したが、腕前は見事なものだった。巧みにぬいぐるみを転がして、ふたつともほんの数手で獲得してしまった。
「すげー……」
少なくとも、中学までの朝陽とこんな思い出はない。朝陽の新しい一面を知られた嬉しさに、離れていた期間の長さを感じ少し切なさが混じる。
呆気に取られていると、はい、とふたつを手のひらに乗せられた。
「あげる」
「いいのか?」
「うん。恭兄のために獲ったんだし」
「……あ、じゃあお金」
「要らない」
「でも」
「いつもご馳走になってるし。これくらいさせてよ。もらってくれたほうが、何倍も嬉しい」
「朝陽……ん、分かった。なあ、じゃあさ、うさぎは朝陽が持ってて」
祖父にもらったぬいぐるみ同様、恭生の名前にちなんだうさぎのほうを朝陽に渡す。手元に残った犬のキーホルダーを撫で、さっそくスマートフォンに取りつけてみせると、朝陽は照れくさそうに笑った。
朝陽の笑顔に出会う度、何年ぶりだろうかと毎回感激してしまう。あの夏以来つんけんとしていた口ぶりも、すっかり柔らかく元通りになった。こちらが本来の朝陽だと、幼い頃を思い出せばよく分かる。
嫌いだなんて思ってない――この関係がスタートした日の夜、そう言った朝陽を手放しで信じてみたくなる。だが、じゃあなぜずっと素っ気なかったのかと、疑問が拭えない自分がいるのも確かだった。
「じゃあ俺もこれ、スマホにつける」
「はは、マジ?」
「俺がぬいぐるみつけてたら変?」
「ううん、かわいい」
「もー……かわいくないって」
「はは」
朝陽と付き合えば、祖父の言葉の真意が理解できる。そう言われたからこそ始まった関係だが、それはまだ少しも分からないままだ。
だが朝陽と共に過ごし、懐かしい姿を見て、新しい一面も知ることができる。そんな時間を過ごせるだけで、恭生は満たされている。
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