かわいい弟

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 ヘアサロンの最寄りの駅に着くと、すぐに朝陽を見つけることができた。朝陽の姿を見るだけで、体からふっと力が抜けるのを感じる。思い返せば幼い頃から、朝陽の隣がいちばん気を抜ける場所だった。  待たせてしまったことだし、詫びに飲みものでも買ってこようか。それよりもまずはと声をかけようとして、だが上げかけた手を一度引っこめることになる。  朝陽はひとりではなかった。すぐには気づかなかったが、三人の女の子たちに囲まれている。どうやら知り合いではなさそうだ。 「ねえ聞いてる? この近くに映えるカフェあるし、一緒にどうかな」  華やかな声が朝陽を誘う。時折三人で目配せをしあい、朝陽を見ては色めき立つ。  いわゆる逆ナンというやつか。当の朝陽は我関せずという顔で、無視を決めこんでいるけれど。 「朝陽」 「あ、恭兄!」  助け舟を出すような気持ちで名前を呼ぶと、朝陽は女の子たちを気にもかけず、こちらへと駆けてきた。その光景に、恭生はふと昔を思い出す。  幼稚園に入ってからも、小学校に上がってからも。朝陽は友だちからの遊びの誘いを断ってまで、恭生と一緒にいたがった。それで友人関係を保てるのかと心配したこともあったが、朝陽にまた明日と手を振る彼らの笑顔に、杞憂だと分かった時。自分もめいっぱい朝陽との時間を大切にしていいのだと、安堵したのを覚えている。  朝陽に声を掛けていた女の子たちへと目を向けると、すでに興味は他に移ったのか、こちらを見てはいなかった。出会ったばかりの人に簡単について行くような朝陽ではないが、その程度の彼女らから朝陽を守れたようで満足だ。  背を大きく越されても、二十歳を過ぎたって、朝陽は今もかわいい弟だから。 「恭兄?」 「ん? ああ、ぼーっとしてた」 「仕事大変だった? お疲れ様」 「さんきゅ。てか待たせたよな、悪い」 「平気。さっき着いたとこだし」  今日は土曜日で朝陽の大学もなく、本来は朝から一緒に過ごす予定だった。朝陽はいつも以上に、熱心に今日のプランを考えただろうに。あいにくの突然の出勤で、こんな時間になってしまった。 「なあ朝陽。今日の予定、変えさせたよな。急に仕事になってほんとごめ……」 「恭兄」 「ん?」 「誕生日おめでとう」 「あ……うん。ありがとう」 「はは、久しぶりに言えた」 「朝陽……」  恭生を遮り、朝陽は祝福の言葉を口にした。  そう、今日は恭生の二十四歳になる誕生日なのだ。  恭生の働くヘアサロンは本来、誕生日には休暇を取っていいことになっている。それを知った朝陽に『じゃあ俺が一日予約していい?』と言われ、ふたつ返事で約束をした。  だからこそ、今日の予定変更は恭生自身、ひどく残念だったのだが。朝陽ははにかんだ顔を見せ、おめでとうと言えたなんて些細なことを喜んでくれている。  だが恭生も同じ気持ちだ。朝陽からの数年ぶりのおめでとうは、なににも代えがたいプレゼントだった。 「朝陽に祝ってもらえてすげー嬉しい、ありがとな」 「うん。じゃあ、行こ? 夕飯食べるとこ、予約してあるから」 「おお、マジか」 
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