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カットケープを外し、レジへと橋本を促す。一瞬迷ったが、お釣りと一緒に名刺も渡した。喜んで受け取ってくれたことに安堵する。そんなことはあり得ないと今日の今日まで思っていたが、もしかしたら友人に戻れるのではと、そんな気さえしてくる。
「そうだ、アイツは元気にしてる?」
「アイツって?」
見送りに一緒に外へと出て、冷たい風に肩を竦めた時だった。振り返った橋本に、恭生は首を傾げる。
「幼なじみなんだっけ。ほら、兎野んちの隣に住んでたアイツ」
「え……もしかして、朝陽のことか?」
「あーそうそう、確かそんな名前だったな」
「な、なんで……」
なぜ橋本の口から、朝陽の話が出てくるのだろう。怪訝に思っているのを感じたのか、苦笑いをした橋本が続ける。
「実はさ、アイツ……朝陽くんとふたりで話したことがあってさ」
「は……マジ? いつ?」
「兎野と付き合ってる時。見られたことあったじゃん、その、キス……してるとこ。そのすぐ後くらいにさ、道でばったり会ったんだよ」
「……それで?」
橋本の表情が、いい思い出ではないことを物語っている。頬を掻く指先がその先を躊躇っていて。だが橋本は意を決したように大きく息を吐いて、口を開く。
「食ってかかってくんじゃないか、ってくらいすごい剣幕で言われたんだ。兎野を大事にしないと許さない、絶対悲しませないで、って。あの時はカッとして、お前に言われなくてもって俺も大声出しちゃったんだけど。なんて言うか……朝陽くん、ずっと苦しそうだったんだ。ギリギリくちびる噛んでてさ、血が出んじゃないかってくらい」
「朝陽が、そんなことを……」
「うん。朝陽くんはさ、幼なじみの兎野にあそこまで真剣になれるんだな、って。家に帰って冷静になったら、それすげーなって思って。俺は付き合ってんのに、そのくらい本気で兎野のこと想えてんのかなって、自信なくなってさ。でもそんなこと一個も言わないで、酷い振り方したと思う。今更だけど、悪かった」
「いや、そんな……」
「俺、あんなこと言ったけど……兎野と付き合ったことも、キスしたことも、後悔してないよ。……って、本当に今更だよな。こんなの、ただの自己満だ」
「……ううん、そんなことない。え、っと、今の話、聞けてよかったって、思ってる」
肩の荷が下りたような顔をして、橋本が笑う。それじゃあ、と手を振って去る背を、恭生はどこかぼんやりと見送る。
あの日、振られた日に戻ったかのようにリフレインするのは、確かに橋本の声だ。
――俺、やっぱり間違ってたかも。
だが、今の恭生の胸を苦しいほどに占めるのは、朝陽だった。橋本と偶然にも再会してよかったと思えているのは、朝陽の真意に触れられたからだ。知らない間に、橋本にそんなことを言っていたなんて。
恭生は、へなへなとその場にしゃがみこむ。口元を覆う手が、寒空の下で熱を持つ頬の温度を感じ取る。
嫌ってなんかいないと、付き合うことになった日に確かに言われた。仮の恋人として過ごしてきた日々に朝陽の笑顔はたくさんあったが、心のどこかで疑う気持ちは消えていなかったように思う。
だがやっと、確信できた。男とキスする自分に、嫌悪感を抱かれてなんかいなかった。それどころか、橋本との幸せを願ってくれていた。
中学に上がったばかりの子がよく知りもしない高校生に盾突くなんて、どれほどの勇気が必要だっただろう。必死に、一生懸命に、大事にされていたのだ。
それでも、朝陽との間に空白の時間があったことに違いはない。自分が勘違いさえしていなかったら、なにかあったのかと尋ねていたなら、疎遠になどならなかったのではないか。この数年を恭生は心から悔いる。
だがどれだけ悔いても、過去は変えることができないのだ。よく分かっている、良いことも悪いことも、自分に返ってくると。後悔があるなら、今変わるしかない。
立ち上がった恭生の靴の下で、乾いた落ち葉がパリ、と音を立てる。
仕事が終わったら、今度はいつ会えるかと朝陽に連絡を入れよう。恭兄から言ってくれるの初めてだね、と驚くだろうか。それとも、受け身でいてって言ったじゃんと拗ねてしまうだろうか。どちらの朝陽も見てみたいと、ただただそう思う。
「っし。午後も頑張るか」
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