恋人カッコカリ

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「生ビールひとつお願いします。あとはー……たまごやき」  店内のいちばん奥の席に座り、すぐに出てきたジョッキを呷る。炭酸が喉と胃に染み渡り、傷心が紛れるような心地を覚える。いや、苦い刺激を借りて、自分は今悲しいのだと言い聞かせているのかもしれない。  高二の冬に少しだけ付き合った後輩。高三の半ばで告白してきた同級生。専門学校時代の後輩。それから、美容師になったばかりの頃、客として出逢ったひとつ年上の人。  どの女の子たちとも、恭生なりに真剣に付き合っていた。今すぐとはいかずとも、このまま結婚するだろうかと想像したことだってある。それでもまたこうなる予感があったのも確かで、その日を迎えただけのような気もしているのだ。  こんな男は別れて正解だ。次は最高の男と出逢って、どうか幸せになってほしい。去っていった元カノに、心の中で激励の言葉を送る。  運ばれてきたたまごやきを頬張るとしょっぱくて、眉根を寄せてため息をつく。砂糖とミルクのたっぷり入った、甘いたまごやきがよかった。  メッセージを送った相手は今頃どうしただろうか。テーブルに置いたスマートフォンを操作し、アプリを開く。返事は来ないと分かっているが、読んでくれたかどうかの確認はできるわけで。しかしそこに、既読の報せはまだない。 「早く気づけよなー……」  人がせっかく、大学近くの定食屋を選んでわざわざやって来たというのに。  こんな日にしか、会ってくれないくせに。  早く来いよ、と口の中で悪態を転がし、ビールをもう一杯注文した。 『なあ恭生、俺はなあ、ばあさんが先に死んでよかったと思ってるよ』  祖母を天国へと見送った朝だ。祖父の手が、ちいさな恭生の頭を撫でる。泣きじゃくりながらも、その声はよく聞こえて耳に残った。  なんで、ねえなんで。幼心に抱えきれなかった疑問が、恭生の胸の奥でぐるぐると渦巻く。
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