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逃げるように帰宅した恭生は、暗闇の中、玄関に座りこんで動けずにいる。
ここ最近を思い返せば、いつの間にか朝陽のことばかり考えていた。
昔の面影を見つけると胸はあたたかくなって、初めての一面を知ると離れていた期間を切なく思って、その後は全部宝物にしたくなる。
かわいらしかった子が、その愛しさはそのままに格好いい男になった。
自分にくっついてばかりだった弟に広がる交友関係は確かに嬉しいのに、寂しさが入り混じるのを否めない。
最後に頼ってくれるのは自分ならいいのに。触れていいのは、自分だけならいいのに。
この感情はなんだっけ。知らんぷり、気づかないふりをしてみても。己の人生を振り返ってみれば、初めて恋をした高校生の夏にたどり着く。だが朝陽への想いは、その経験をもはるかに凌駕している。
心の中はぐちゃぐちゃで、苦しさに息が詰まる。嫉妬と独占欲が渦巻き、綺麗とは到底呼べない有り様なのに。今まででいちばん大切にしたい、いっとう特別だとよく分かる。
物心ついた時から大好きだった、朝陽が。今だって変わらず大好きだ。でも、朝陽に恋心も抱いてしまうなんて、思ってもいなかった。
どうにか立ち上がり明かりをつけ、重たいのか浮ついているのか分からない体を引きずる。長年住んでいる部屋なのに、朝陽が一度だけ来たあの日ばかりを思い出す。
朝陽が座っていたところを空けて、その隣に腰を下ろす。
「朝陽」
ベッドに頭を預け、朝陽の名をぽつりつぶやく。
恋をしたら、こんなに苦しくなるんだっけ。鼓動はずっと早足で、体は自分のものじゃないみたいで、少し気を抜いただけで涙が滲んでくる。ため息に似た吐息で、ちいさな部屋はいっぱいだ。
一体どれくらいの時間をそうしていたのだろうか。いつの間にか微睡んでいたようで、突如鳴り響いたドアチャイムの音に恭生は体を跳ね上げた。
慌てて立ち上がり玄関へ向かえば、扉の向こうから「恭兄」と呼ぶ声。ひとつ深呼吸をして開錠するとそこには、冬だというのに汗を滲ませ息を切らしている朝陽の姿があった。
「朝陽……走ってきたのか?」
「だって、恭兄、ずっと連絡してるのに、見てもくれないし」
荒い息と共に、肩に額を擦りつけられる。
ドクンと大きく拍を打つ心臓。今まで通りになんていられるはずもなく、朝陽の頭をポンと撫でて、まあ上がれよとさりげなく離れる。
「ごめん、全然気づかなかった」
そう言えば、電車に乗る際マナーモードにしてそのままだった。メッセージアプリを開くと、どうやら飲み会の最中から連絡をくれていたようだ。
「ふ、ずっとオレにこんなん送ってて、ちゃんと楽しめたか?」
「正直、全然。恭兄のことばっか考えてた。行かないで恭兄といればよかった」
「はは、なんだそれ」
「……ねえ恭兄、本当に泊まっていいの?」
スマートフォンの左上の時計は、もうすぐ22時になることを示している。終電にはまだ早い。帰ろうと思えば帰られるはずなのに。汗をかくほど走り、あの女の子の誘いも断ってここにいる朝陽を、恭生だって帰したくなんかない。
「ん、いいよ。家には連絡するんだぞ」
「うん、分かった」
朝陽は嬉しそうに頷き、さっそく母親へ電話をかけ始める。
今日は帰れそうにないと知ると、どうやら渋られたようだ。だが「恭兄のところに泊めてもらう」と言った途端に安心してくれた様子が、漏れ聞こえる朝陽の母の声のトーンと、朝陽の表情から伝わってくる。
それを聞きながら、恭生の胸には罪悪感が生まれていた。安心してもらえるような存在ではなくなってしまったからだ。
今はもう、朝陽に恋をする、ただの男だ。柴田の両親の朝陽への愛情をよく知るだけに、居た堪れない。
「恭生くんのとこなら安心ね、だって」
「ん、そっか」
「恭兄? どうかした?」
朝陽のほうを見られないでいると、それを朝陽が訝しむ。どんな顔をしていればいいか分からないから、覗きこまないでほしい。
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