ひとりの男

5/6
前へ
/61ページ
次へ
「夜景ってさ、いつ撮ってんの? オレと会ってない日とか?」 「うん。バイトの後に、帰る前に寄り道してる。恭兄を送った後に撮りに行ったこともあるよ。あんまり遅くまではできないけど」 「そうだったんだ」  知らない朝陽がまだまだたくさんいるらしい。これからももっとたくさん知りたい、応援したい、とそう思う。  叶うなら、今よりもっと近くで。 「なあ朝陽、オレ、お前のこと応援したい」 「ありがとう」 「だから、さ。これからもいつでも泊まりに来ていいから。終電気にしないで撮りたい時とか、あったりしない? なんならここに住んでもいいし。狭いけど」  カメラに触れたことは一度もないから、アドバイスなんてひとつもできない。それでも朝陽の背中を押す兄でありたい。だが、自分にできることと言えば、そんなことしか思いつかなかった。 「え……え! いいの!?」 「もちろん」   今まで付き合った子たちから、同棲を迫られたことは幾度かあった。相手の望むように、とばかり考えてきた恭生でも、それだけは頷けなかったのだが。  気心知れた幼なじみだからか、はたまた朝陽だからか。そうしたいとすんなり思うことができた。  とは言え、遊んだ帰りに立ち寄ることさえ拒まれてきたのだ。これも断られてしまうだろう、そう思ったのだが。  朝陽は予想外に喜んでくれた。勢いよく体を起こし、目を輝かせ、それからまたしみじみと同じ姿勢に戻る。 「どうしよ。すげー嬉しい。ありがとう恭兄」 「どういたしまして。役に立てるならオレも嬉しいよ」  それにしても、だ。偶然見られてしまったとは言え、先ほど会った女の子は朝陽のカメラのことを知っていたのか、とまた嫉妬心が顔を出す。燻る想いは、拗ねたような口をきいてしまう。 「でもなー、ちょっとショックかも」 「ショック?」 「オレんちに寄ってくれないの、いつも寂しくてさ。その後撮りに行ってたんだな。まだ時間あったんなら、オレも一緒に行きたかった」 「それは……さっきも言ったけど、カメラのこと言いづらかったから」 「うん。だよな、分かってる。分かってるけど言っちゃった。ごめん」 「恭兄、寂しかったんだ」 「……うん。帰ってほしくなかった」 「…………」 「……朝陽?」  再び起き上がった朝陽が、ゆっくりと近づいてくる。動けないでいる恭生の両脇に手をついて、ベッドを背に囲われてしまう。 「今日の分のハグ、していい?」 「え? あー、えっと……」  好きだと自覚してしまった恭生には、今までしてきたハグも大きく意味が変わってしまう。先ほど玄関で擦り寄られた時はどうにか誤魔化せたが、今は逃げ場もない。かと言って、朝陽を拒否することもしたくない。  躊躇っていると、じりじりと距離を詰め、跨れてしまった。見下ろしてくる真剣な顔に、震えた胸がくずれた声をこぼす。 「恭兄が寄ってくかって誘ってくれる度、俺も本当は来たかった」 「朝陽……」 「でも、帰りたくなくなっちゃうから我慢してた。恭兄」 「あ」  体にゆっくりと腕が回り、首元に顔を埋められる。朝陽に触れられているところ全部がぴりぴりと痺れるみたいで、思わずしがみついた。  早鐘を打つ心臓も上がる呼吸も、手に負えない。 「待っ、て、やばい、朝陽」 「……恭兄? 顔赤くなってる」 「ばか、見んな」 「やだ、見たい」  至近距離に朝陽の顔がある。逸らしても追われて、頬に手が宛がわれる。火照っている自分の頬に負けないくらい、朝陽の手も熱い。 「も、無理だって。恥ずかしい、から」  見つめられることに耐えられず、朝陽の肩に顔を埋める。密着することになるが、強い光を一心に注がれるよりは幾分かマシだ。  だがこんな態度を取っては、好きだとバレてしまう。  こんな風に求められては、好かれているのではと期待してしまう。  強くなる抱擁に、熱い吐息が隠せない。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

124人が本棚に入れています
本棚に追加