恋人カッコカリ

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 初めての恋人に「俺、やっぱり間違ってたかも」なんて言い草で振られ、泣きながら帰った雨の夕方。家が隣同士の朝陽と、運悪くも鉢合わせてしまったのだ。朝陽との間に気まずい思いをするのは、それで二度目だった。  ――一度目は、その二ヶ月ほど前。初めての恋が叶って、友人が恋人になった。自由奔放に生きてきたからか、男との恋愛に後ろめたさも躊躇いもなかった。だから浮かれていたのだろう。人目を気にすることもなく、実家の玄関先でキスをした。その瞬間を、ちょうど帰宅した朝陽に見られてしまったのだ。目を見開いた朝陽の、青ざめた顔は今も忘れられない。  それからずっと避けられた。朝陽とひと言も交わさない日が続くのは、生まれて初めてのことだった――  久しぶりに顔を合わせるのが、みっともなく泣いている時だなんて。家の中に逃げこもうとした恭生に、けれど朝陽は鬼気迫る勢いで近づいてきた。大股で目の前までやって来て、無言で恭生の手を取り、朝陽の自宅内へと引っ張られ。何事かと思えば、二階の朝陽の自室へとまっすぐに向かい、濡れた髪をタオルでガシガシと拭かれた。  あの頃の朝陽は、まだ恭生より背が低かった。それでも一生懸命に伸ばされた手。久しぶりに向かい合った幼なじみの必死な表情に、恭生はいよいよ心を保っていられなかった。泣き顔を見られたくなかったはずなのに。しゃくりあげるように泣き、振られてしまったのだと打ち明けた。  朝陽が自分を避けるようになったのは、十中八九、キスの相手が男だったからだろう。気持ち悪かったに違いない。だから恋人の話をするべきではないのに、不快にさせると分かっているのに。ぐちゃぐちゃに傷ついた胸の内を、朝陽に知ってほしくなった。  すると黙って聞いていた朝陽が、その後に言ったのだ、  ――もしまた振られたら、慰めてあげる。  と。  強く、まっすぐな瞳で。  その瞬間、恋人との別れを一瞬忘れるほど高揚したのをよく覚えている。  嫌われたと思ったのに、朝陽が気にかけてくれている。自分を見捨てないでいてくれる。真剣な顔で絆創膏を貼ってくれた、幼い頃のように。  結局、朝陽との関係が元に戻ったわけではないことに、すぐに気づいた。男と付き合っていた自分のことを、やはり受け入れられなかったのだろう。それ以降も避けられることに変わりはなかった。自分のせいだ。  それでも振られた時は、傷ついた時だけは。朝陽は会ってくれる、そばにいてくれる。実際、振られたと報告すると朝陽は優しかった。高校生の時は朝陽の部屋で一緒にゲームをしたし、ひとり暮らしを始めてからはアパートまで送ってくれた。  それは恭生にとって、大きな心の支えだった。振られたなんてどうでもよくなるほど、大切な時間だった。
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