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ナヴィラは無限に広がる星空を見上げ、ようやく国を出られる、とほっとしような、でも少し淋しいような複雑な気持ちになった。
デュカリオン王国第三王女ナヴィラ·ミラ·デュカリオンは、幼いころからから早く国を出て独立することが夢だった。誰も自分のことを知らないそんな場所でのんびりと暮らしたい、ずっとそう思っていたのに、いざ夢が叶うとなると急に不安に襲われる。
まだ完全な独立ではない。現在、ナヴィラはリポナス王国第二王子エレバンスと婚約中の身で、もうすぐ隣国リポナスへと向かうことになる。
友好関係を結ぶ完全な政略結婚だったが、ナヴィラにとってはありがたい話で、最後に家族孝行ができると思った。
だが妹思いの美しい姉たちには、別の憂いが生まれていた。
「第一王子のミッタル様は一度お会いしたことがあるけれど、大変美しく聡明よ。でも第二王子のエレバンス様に関してはあまりいい噂を聞かないの」
(婚約破棄を何度かなさっているというし、かわいいナヴィラを傷ものにしようものなら、大砲を持って乗り込むしかないわね)
第一王女セイナが穏やかな口調のわりに物騒なことを考えているが、日常であるので驚きはしない。ナヴィラは愛する姉をなだめるように微笑みながら答えた。
「お姉さま、噂など信じていませんわ。私も何度かお会いしましたけれど、もともとあまり愛想を振りまくタイプではないのです。誰にでも笑顔を振りまく方よりはむしろ信用できますわ」
(ナヴィラは優しすぎるわ。だから心配。でも本人も嫌がっているようではないし、何かあったら戦争をしかければいいだけの話よね)
セイナはいつもこの調子なので、ナヴィラは笑いそうになるが、姉が本当に戦争をするとは思っていない。時期女王という大変な責務を担っている姉であり、国民思いで尊敬に値する人物だった。
続けざまに第二王女リマも不安げな声色でぼやく。
「私も聞いたわ。粗野で乱暴者だとか。一度お見かけしたことがあるけれど、セイナが言うように見た目はとても冷たい感じがしたの。ミッタル様とは正反対なイメージね」
(お相手がミッタル様だったらよかったのに。彼だったら信頼できる。賢いし国を統治する光も影も知っているような気がする……でも美人の婚約者がいるのよねぇ。ナヴィラだってこんなに愛らしいのに、なぜ世間は地味だと言うのかしら。おまけに賢いし聡明だし、剣の腕前も三人の中で一番なのに)
セイナに続き、リマのナヴィラへの溺愛ぶりも昔からで慣れたものだった。
しかし二人から離れて隣国へ渡れば、もうこんな二人の心の声を聞くことさえできない。
「お姉さま、大丈夫です。見た目など清潔でさえあれば他に何も望みません。どうかご心配なさらないで下さい」
セイナとリマはナヴィラを見ながら同時に大きなため息をついた。
ナヴィラは特に心配はしていなかった。なぜなら物心ついたときから、近くにいるものの心の声が聞こえるという能力があったからだ。数回しか会ってはいないが、エレバンスが噂ほど悪い人物ではないことを知っていた。
二日後、予定どおりナヴィラは隣国リポナス王国へと旅立った。
*
ナヴィラの予定はこうだ。第二王子の妻に相応しくない行動をとって婚約破棄に持ち込む。その後は城を出てひっそりと一人で暮らす。自国デュカリオンへは戻らない。セイナやリマ、両親たちの心の声は心地よかったが、周囲の人間、貴族のほとんどがそうではなかったからだ。
次期女王に反発する勢力がいる。ナヴィラの家族をよく思わないものがあまりにも多すぎる。それを毎日聞くのは命が削られる思いがした。
だからナヴィラは、人の心の声が届かないような場所で暮らしたかった――
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