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帰る!
「そういうんじゃなくってさ。ウチ、『荒鷲亭』の横だろ?」
「うん」
「『店を広げたいから立ち退いてくれ』て親父に言ってきたらしいんだ」
「何よそれ! 自分勝手なことを言って! それにこの前、ロッソさんのお店を買い取ってお店を広げたばっかりでしょ!」
ほかのお店のことは本当にどーでもいいんだ、荒鷲亭。ウチの時だって、ラーンさんたち料理人やウェイトレスを引き抜いてっ!
みんなやめる時に泣いてたって言ってたよ。この街で暮らしていきたいからって。お父さんとお母さんは『みんなに怖い思いをしてほしくないし、これからも街の仲間には変わらないから』って。
あの時のお父さんとお母さんの寂しそうな笑顔を思い出すたび、身体が熱くなる。絶対に怖いこととかヒドいこと、みんなに言ったんだ。
荒鷲亭のやることが全部、全部悔しい。悔しい!
「ウチは常連さんもいるし、『荒鷲亭』の客が流れてくるようになったからよかったんだけどな。ただ、ほら……母さんがさ、頑張っちゃうから」
「ユラおばさん……体弱いもんね」
ユラおばさんはウチのお母さんと大の仲良しだ。お母さんが冒険者ギルドで働いてる時に、新しい備品や装備を見に行くうちに仲良くなったらしい。
私も、ユラおばさんのホンワカした優しい笑顔が大好き。美人で優しい、学校でもみんなに羨ましがられる、トーマの自慢のお母さんだ。
けど昔から病弱で、最近はお店にいるのと治療を受けに行くのとで半分この生活らしい。確かに私もトーマのお店でユラおばさんを見かけていない気がする。
「『奥さんの体調、良くないんでしょう? このあたりで奥さんを休ませてはいかがですか。十分な立ち退き料は払いますから』って言われて、親父は考えさせてくれ、って言ったらしいんだ。あ、母さんには言うなよ!」
「うん」
「親父、それで悩んでたんだけど……この前また荒鷲亭のオーナーが来たらしいんだ。で、怖いこと言われて親父、落ち込んでた」
「……え?」
怖いこと?
また?!
「『お気持ちは決まりましたか? あまり時間がかかると、立ち退き料が下がっていきますよ? 奥さんやお子さんがお元気なうちにねえ』って」
「脅しじゃないの!」
「……脅しって何?」
ん?
あれ、ほら、何だっけ。
「怖い話をして相手に言うことを聞かせるって意味……?」
「俺に聞くなよ……。でもアイラ、やっぱ頭がいいな」
「そ、そうなのかな、えへへ……じゃなくって! 帰る! センセ―! 私、急用が急ぎで大変で急患で緊急事態なので、帰ります!」
「はい? お、おい、アイラ!」
「え? アイラさん? ちょっと待ちなさい!」
今ならまだ、ザイホンさんがウチにいるかも!
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