刑事

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 厳しい取り調べが始まった。直人を犯人と決めつけた激しいものだった。いくら直人が否定しようと聞いてはもらえなかった。 「いい加減白状しろ。お前が犯人なのは疑いようがない。犯人しか知り得ない情報を知ってたんだからな」 「あんなの誘導尋問じゃないですか」 「しかしあの言葉は普通じゃ出てこない。現代では殆ど使われてないからな。さっさと白状しろ!」  直人は正論をぶつけたが暖簾に腕押し、刑事は全く取り合わなかった。 「お前は偽善者だ。人前では正直者ぶって善人に見られようとしていた。なのに裏の顔は人殺しだ。悪人を殺して正義の味方にでもなったつもりでいたのか? はっきりいってやるよ。お前が一番の悪人だ。人間のクズだ、いや人間でもない。鬼だ、悪魔だ。大嘘つきだ」  直人は唇を噛み締め自分の握りこぶしを睨んでいた。ずっと正直に生きてきたのに、その全てを否定された。今までの自分を知らない昨日今日会ったばかりの人間に大嘘つき呼ばわりされた。  これが正直に生きてきた結果なのだろうか。自分の生き方は間違っていたのだろうか。直人は過去を振り返った。  確かに堅苦しい男だった。上司の不正を正直に上層部へ告発した。上司は直人を一生恨むと言い残し地方の工場へと転勤して行った。同僚たちは次は自分が告発されるかもと恐れをなし、誰も直人に近付かなくなった。  いや、もっと昔からだった。学校でも周りから煙たがられ友人と呼べる人間はいなかった。しかし友美だけは正直な直人を認めてくれた。尊敬できるといってくれた。 「あぁそれから、じきに離婚届が来るからな」 「……え?」 「そりゃ当然だろう。旦那が人殺しだったと知れば誰だって離婚するさ」 「僕はやっていません」 「5人も殺したんだ。極刑は免れない。すぐにハンコを押してやれよ」 「だから僕はやっていません」 「お前には愛情がないのか。罪人の妻と後ろ指さされるより、次の男を見つけて幸せになった方が奥さんのためだろう。俺だったらこちらから別れを切り出す」 「だから、僕はやっていません!」  直人は拳で机を叩いた。悔しさに涙が溢れてきた。正直に生きてきても良い事なんてなかった。自分が間違っているのか、世の中が間違っているのか、分からなかった。
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