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 できるだけ穏やかな声を心がけながら、何気ない風に言ってみる。 「私なら……義母さんって呼ぶかな。無駄な波風を立ててもロクな事にはならないし。『義母さん』ってただの役職のようなものだと考えるかもね。『日直』とか『班長』と同じ? まあ私の場合は家を出ることを前提に考えているから、軽く言えるのかもしれない。参考になるような答えじゃないね。すまん」 「そうかぁ……拘るほどのことでもないのかもね」  そう言うと、葛城は聞いたことの無い曲を唄いながら、器用にステップを踏み始めた。  軽々しく意見を言うべきでは無かったと反省したが、わからないと突き放すには問題が重すぎる。   「ねえ、葛城。勉強は続けるんでしょ?」 「勉強か……そうだよね。もう推し活しないなら、やること無いし。洋子ちゃんは図書館に通うの?」  やることが無いから勉強という感性か…… 「いや、あれは冷房狙いだったから。やるならここでやる? 雨の日は無理だけど」 「ここ? 放課後ここで勉強するってこと? ははは! なんだか楽しそう」 「じゃあ明日からやろう。せっかく一学期のおさらいをしたんだから、二学期は遅れないようにしようね。その日の疑問はその日のうちにって先人たちも言ってるし」 「そうなの? うん、でもありがとう。そうだ、私も大学に行こうかな〜。そんで家を出るんだ。そしたらあの3人は異物抜きで家族できるもんね。喜ばれるよ、きっと」 「葛城……自分を異物とか言うなよ」 「だってそうじゃない? 私は誰にも必要とされてないんだもん。私の部屋だけ古いままなんだもん。誰も幸せじゃなかったあの頃に取り残されてさ……引き取り手の無いゴミみたいなもんじゃない? ははは……きっと私が出て行ったらあの部屋も新しく変えるんだろうね。臭いとか言われてさ……ははは……」  私は思わず葛城を抱きしめた。  切なすぎる。  まだ17歳の少女に、こんな気持ちを抱かせるなんて葛城の周りの大人たちはクズだ。  そいつらの方がよっぽどゴミだ。  そう思ったが、口には出せなかった。 「葛城、午後からの授業が始まる。行こう」 「うん、行こっか」  紙袋に弁当箱を入れようとしたとき、100円玉が置いてあることに気付いた。  葛城よ……お前、律儀な奴だな……  全ての授業が終わり、夏休み明け恒例の小テストラッシュのスケジュールが発表された。  毎日何かしらの科目でテストがある。  1日2教科になっていないのは、教師陣の温情だろう。  私は明日からの帰宅時間が2時間ほど遅くなる事をどう説明しようかと考えながら、鞄に教科書を詰めていた。 「もう帰っちゃうの?」  葛城が困った顔で話しかけてくる。 「うん、明日からの準備もあるしね。葛城は帰らないの?」 「今日は深雪ちゃんの学校のことで、お父さんが仕事や済んでついて行ってるから、たぶん帰ると3人が揃っていると思うんだよね」 「そうか。帰りにくいの?」 「そういうわけじゃないけど……」 「一家団欒を見たくないって感じ?」 「そうかも……疎外感が半端ないから」 「じゃあ玄関で大きな声でただいまって言ったら、そのまま部屋に直行すれば? 念のためコンビニで何か買って帰ってさ」 「角が立たないかな」 「子供が気にすることじゃないよ。私たちはまだ勉強さえしていれば衣食住を保証される未成年なんだ。それ以上は『お手伝い』の範疇だよ。無理してやることじゃないさ」 「そんなもん?」 「たぶん?」  葛城が笑った。 「そうだね、夕食に呼ばれたら行けばいいし、呼ばれなかったらパンを食べれば良いもんね」 「夕食に呼ばれたら、今日買うパンは明日のおやつになるかもしれないでしょ? だから割引のやつは選ばない方が良いよ」 「わかった。さすが洋子ちゃんだ。なんだか元気が出てきたよ」  ニコニコした笑顔を浮かべた葛城が帰り支度を始めた。  校門を出て駅まで歩いていると、クラスメイト3人が話しかけてきた。 「葛城矯正計画、上手くいってるみたいじゃない? さすがネガぽよだね。あのウザい喋り方も直ってるし、朝も呼び止められなかったし」 「別に矯正なんてしてないよ。単純に友達になっただけだし。あいつもいろいろあるんだよ」    3人は笑いながら私の肩を順番に叩いて去って行った。  そうなんだ、ここまで深くかかわるつもりなんてなかったんだ。   それがどうだ? 弁当を余分に作ってもらい、夏休み中は毎日図書館で一緒に勉強して。  兄を巻き込み、家族に秘密を作り……実に私らしくない行動のオンパレードだ。 「じゃあね~、洋子ちゃん。また明日~」  葛城が私を追い越してバス停に駆けていく。  その背中に手を振りながら、なんだか棘の塊のようなものを飲み込んだ気分になった。
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