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 予定通り宿題を進めた私たちは、自習室を出て食堂に向かった。  この図書館には社員食堂が併設されていて、一般入館者も利用できるシステムだ。  公共施設の社食なので、信じられないくらい安いのが魅力なのだが、安いといっても一食あたり300円はかかる。  味は……まあ、値段通りというところだろうか。 「今日は何にする?」  葛城が券売機の前でワクワクしている。 「そうねぇ……野菜炒め定食ってどう?」 「賛成!」  お金を入れ、野菜炒め定食のボタンを押したら間髪入れずに大盛ボタンも押す。  そう、私たちはごはん大盛定食を二人で分け合って食べているのだ。  ご飯を大盛にするとプラス50円になってしまうが、定食を二人分注文するより遥かに安い。  弁当を100円で売り、貯めたそのお金で夏休みのランチを賄う。  罪悪感が半端ないが、夏休み中は私も葛城も欠食児童にならずに済む。  兄よ、私たちの冬休みのために二学期からもよろしく頼む! 「宿題も今日の予定分は終わったし、この後は? 予習とかするの?」 「予習というより一学期の復習をしたいんだ。っていうか、あんたも勉強するんだからね」 「うん、わかってるもん……」  その返事……実はわかってなかったと言っているようなものだが、そこは触れないでおいてやろう。 「葛城はどうしても理解できなかったところってある?」 「理解できなかったところ……ほぼ全部かな」 「全部? マジか……」 「洋子ちゃんの復習にもなるね」  教えてもらう気満々の葛城は、なかなか憎めない奴だ。 「教えるっていっても、自習室は私語禁止だから、まずは自分でやってみて。1時間早く出てロビーで続きをやろう」 「うん、わかった」  復習を始めた初日、私は自分の見込みの甘さに溜息を吐く羽目になった。 「全部って、本当に全部だったんだね……」 「だから言ったじゃん!」 「うん……聞いたね……」  あと20日もあると思っていた私をどうぞ能天気娘と呼んでください。   「明日からは自習室じゃなくて、談話室でやろっか」 「私は良いけど、洋子ちゃんのお勉強が進まないんじゃない?」 「いや、考えようによって一学期の補完計画とも言えるから問題ない」 「洋子ちゃんって良い人だね。お友達で良かったよ」 「ソウイッテモラエテウレシイヨ」  葛城はニコニコしながら皿に残っていた最後の人参を遠慮なく口に入れる。  うん、私は君のそういうところ嫌いじゃないよ。  それからというもの、怒涛の復習タイムが始まった。  ほぼ総なめなので、教える方も思い出す手間が無い。  ははは……  教えてみてわかったのだが、葛城は地アタマは悪くない。  いや、むしろ良い方と言える程度には、理解能力がある。 「なんで今までやらなかったの?」 「必要を感じなかったからだよ?」  なるほど、グウの音も出ない完璧な解答だ。 「今は?」 「洋子ちゃんの言った通り、勉強も楽しくなってきたんだぁ。このままずっと夏休みが続けばいいのにね」 「いや、それは……」  葛城は本当に楽しそうに鼻歌を歌いながら教科書を捲っている。  図書館で鼻歌をかます奴は珍しいが、それが自分のツレとなるとシャレにならない。 「葛城、集中しろ! 歌は帰ってからだ」  間髪を入れずに注意した私を見て、隣に座っていた大学生らしき男の人がサムズアップしてくれた。  満席で自習室に入れなかった学生たちが、談話室を占拠している。  カリカリという音だけがする心地よい空間。  たまに小声で教え合うような声が聞こえる理想的な環境。  ん? この音は? 耳障りな重低音はもしかすると……    だから……寝るな、葛城よ。
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