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 押し付けるように渡された板チョコを、不思議そうな顔で受け取った兄に強請り、古い参考書を手に入れた私は夏休みの計画を綿密に練った。  私が勉強することに難色を示していたおばあさんも、兄の一声で口を閉じたので堂々と図書館通いができる。  その代わり、出掛ける前までに掃除と洗濯は済ませておかなければならないし、夕方は戻ってきた職人さんたちと一緒に、清掃道具の洗浄もしなくてはいけない。  テレビに夢中になっているおばあさんの目を盗み、自分の皿だけ1枚多くのせられていた分のベーコンを私の皿にパッと移した兄が、耳元で言った。 「夏休みは弁当良いの?」 「私は図書館に行くんだけど、お兄ちゃんは?」 「俺は家にいる。俺の部屋にはエアコンあるし。どうしても弁当がいるなら何とかするぞ?」 「葛城と相談してみるけど、多分大丈夫だと思う」  私はそう言ってから、おばあさんが振り向く前にベーコンを口に入れた。  そうなのだ、我が家でエアコンが設置されていないのは私の部屋だけなのだ。  理由は簡単で、室外機を置く場所が無いからなのだが、私の性格がもっとひねくれていたら、グレてもおかしくない案件だと思う。 「そう言えば、成績どうだった?」 「三番だったよ」 「おっ! 学年三位なら良かったじゃん」 「学年……クラスで三位だよ」 「クラス……まあガンバレ、妹よ」  兄が立ち上がるとほぼ同時に、始業のチャイムが鳴った。  父と母はすでに出勤している。  重役出勤のおばあさんがテレビを消して立ち上がった。  まあ重役というより社長なのだが。 「洋子、出掛けるならやることは全部終わらせてからにしなさいよ」 「はい」 「四時までには帰るように。みんな疲れて戻るんだから、遅れないようにしなさい」 「はい、おばあ様」  おばあさんの出勤を見届けて、手早く掃除を済ませ洗濯物を干す。  途中で兄が手伝ってくれたので、感謝しつつ残りの洗濯物を渡し、朝食の片づけをした。 「気をつけていけよ」 「うん、いってきます」  今日からの約40日間は、豪華な昼ごはんになると期待しているであろう両親に声を掛け、私は自転車に跨った。  まあ、豪華といっても前夜の残り物に、何か一品が追加される程度なのだが…… 「おはよう!」  自転車置き場から出てきた私を、待ち構えていたように葛城が駆け寄る。 「お~! 張り切っているじゃないか! 頑張るぞ」 「うん、お昼ごはんが楽しみ~」  その気持ちは分かるが、初日のあさイチでそれを口にするな、葛城よ。 「順番札とった?」  キョトンとする葛城に、図書館の自習室の使い方を説明する。  まあこれも想定内だ。 「涼しいね~。こりゃ楽ちんだ~」  いつものように月に代わってお仕置きできそうなツインテールを揺らしながら、葛城が燥いでいる。  ミニスカートから伸びた足はまっすぐだし、スタイルも良い。  顔も化粧で何とかなる範疇だろう。  しかし地下アイドルとはいえ、芸能人は無理なような気がする。  自習室では私語絶対禁止なので、入室する前に注意事項を言い聞かせた。 「葛城は何からやる?」  こいつ相手に愚問をかましたとは思ったが、全部こっちが決めたのでは自主性が育たない。  予想通りのキョトン顔を受け流した私は、ビシッと言った。 「今月中に宿題を済ませるよ! まずは現国からだ!」  葛城はコクコクと頷いている。  どうやら勢いには弱いタイプと見た。  陽動作戦成功である。  この勢いのまま、葛城育成計画を成し遂げるぞ! 「頑張ってね、洋子ちゃん」  いや、お前がガンバレ……葛城沙也。
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