伸明 17

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私が、どう答えていいか、悩んでいると、  「…スイマセン…」  と、長谷川センセイが、いきなり詫びた…  「…つい、診察以外のどうでもいい話をして…」  と、長谷川センセイが、笑う…  「…ダメですね…この歳になっても、相手が美人だと、つい長話をして、美人と少しでも、話したくなる…」  長谷川センセイが言い訳する…  「…自分でも、みっともないと思うんですが、つい…」  と、言って、笑った…  「…まあ、これだから、姪にも、笑われるんですけれども…」  と、長谷川センセイが、告白する…  「…笑われる?…」  「…この前、寿さんが、いらしたときが、そうだったでしょ?…」  長谷川センセイが、指摘する…  …そういえば、たしかに、あのとき、長井さんは、笑っていた…  …若い女を眼前にすると、態度が、変わる…  と、言って、笑っていた…  それを、思い出した…  そして、それを、思い出すと、今さらながら、距離の近さというか…  叔父と姪の立場であっても、実に、親しい間柄だと、思った…  だから、  「…長井さんと、長谷川センセイは、随分、親しそうだったですものね…」  と、言った…  が、  その言葉を、長谷川センセイは、否定した…  「…そんなことは、ありません…」  と、真顔で、否定した…  「…ウソ? だって、あんなに親しく接していたのに…」  「…彼女のキャラですよ…」  「…キャラ?…」  「…正確に言えば、彼女とボクは、血が繋がってない…」  「…エッ? …血が繋がってない? …だって、叔父と姪だって…」  「…それは、形式です…実際は、ボクの姉が、彼女のお父さんの後妻に入っただけです…」  「…それで、叔父さんと…」  「…そうです…」  …そうか?…  …そうだったんだ!…  私は、思った…  思ったのだ…  「…ボクが、五井一族の血を引いているから、姉が、五井長井家に嫁いだと、思いました?…」  長谷川センセイが、からかうように、言う…  私は、  「…それは…」  と、言って、言葉を切った…  「…それは、なんですか?…」  「…それは、そうでしょ?…」  私は、あっさりと、言った…  「…長谷川センセイが、五井一族の血を引いていて、お姉さまが、五井長井家に嫁いだ…だから、それを、聞けば、同じ五井一族だからだと思うでしょ?…」  私は、笑った…  笑って、言った…  すると、長谷川センセイも、最初は、気難しい顔をしていたが、すぐに、  「…ですよね…」  と、言って、笑った…  実に、楽しそうに笑った…  それから、  「…実際、姉が、後妻に入ったのも、その通りなんです…」  と、語った…  「…その通りと、おっしゃると?…」  「…姉が、五井一族の血を引いているから、五井長井家に、後妻に入ることが、できたということです…」  「…血が繋がっているから? …ですか?…」  「…そうです…」  「…」  「…寿さんは、ご承知になられているか、どうかは、知りませんが、五井の歴史は、400年あります…」  「…400年…」  「…その間、当たり前ですが、血が薄くなります…」  「…血が薄くなる?…」  「…当たり前ですが、先祖から見れば、どんどん血が薄くなる…だから、時間が経つごとに、同じ五井一族の中にあっても、他人に近いほど、血が薄くなる…」  「…」  「…だから、ずっと以前から、一族内で、結婚を推奨してきた…」  「…エッ?…」  「…つまり、五井一族の末裔同士で、結婚を推奨してきた…これ以上、血が薄れないためです…」  「…」  「…ぶっちゃけ、同じ一族といっても、400年も経てば、他人に近いくらい血が薄くなっているのは、当たり前でしょ? だから、一族内で、結婚を推奨しないと、どんどん血が薄くなる…それでは、とても、同じ一族とは、言えない…」  たしかに、その通り…  その通りだ…  長谷川センセイの言うことは、わかる…  実に、わかる…  いかに、同じ五井一族といっても、400年は、ともかく、200年前に、先祖がいっしょだったといっても、誰も、身近に感じない…  五井一族という中で、見知っていれば、同じ五井一族だと思うかも、しれないが、それを、除けば、普通は、他人…  もはや、他人に近い間柄だ…  だから、この長谷川センセイが、言ったように、五井一族内で、結婚を推奨するのは、わかる…  実に、わかる…  これ以上、血が薄れないためだ…  そして、なにより、同じ一族内で、結婚すれば、団結心が生まれる…  否が応でも、同じ一族であることを、認識する…  そういうことだろう…  だから、今、言ったのは、わかる…  長谷川センセイの言ったことは、わかる…  と、同時に、気付いた…  なにに、気付いたかと、言えば、以前、この話は、聞いた…  ずっと、以前、諏訪野伸明や菊池リンから、聞いた記憶がある…  あの五井の女帝、諏訪野和子の孫の菊池リンから、聞いた記憶がある…  彼女、菊池リンは、五井家が、私に差し向けたスパイだった…  私を本物の寿綾乃と間違えて、私を見張っていたスパイだった…  本物の寿綾乃は、私の従妹…  本物の寿綾乃は、五井の血を引いていたからだ…  五井の前当主、諏訪野建造の娘だったからだ…  だから、私を、見張っていた…  FK興産に入社して、私に近付いた…  彼女、菊池リンは、頼りなく、そして、愛くるしい…  誰からも、愛されるキャラだった…  が、  それは、仮面…  わざと、演じていたに、過ぎなかった…  私の警戒心を解くために、わざと、演じていたに過ぎなかった…  そして、たしか、そのときに、聞いた…  今、長谷川センセイが、言ったことと、同じことを、聞いた…  つまりは、五井は、基本、一族内で、結婚を奨励していること…  それを、思い出した…  今さらながら、思い出した…    そして、と、いうことは、どうだ?  五井家当主、伸明の本命は、五井一族…  一族内の娘?  それを、思い出した…  なにしろ、伸明は、五井家当主…  一族内で、結婚を推奨しているにも、かかわらず、それを、当主自身が、無視するのは、おかしい…  実に、おかしい…  そして、それを、思えば、以前、菊池リンは、伸明と結婚の可能性を、仄めかした…  事実、伸明と菊池リンが、結婚しても、同じ一族だから、おかしくはない…  しかしながら、伸明は、四十代前半…  対する菊池リンは、二十代前半…  さすがに、歳が離れ過ぎている…  二十歳近く、違う…  だから、菊池リンは、嫌がった…  当たり前のことだった…  私は、それを、思い出した…  今の長谷川センセイの言葉で、思い出した…  そして、そんなことを、考えていると、長谷川センセイが、  「…彼女を見ていると、つくづく、羨ましいというか…」  と、切り出した…  「…彼女? …長井さんですか?…」  「…そうです…」  「…羨ましい? …どうして、羨ましいんですか?…」  「…誰とでも、仲良くなれる…」  「…エッ? 仲良く…」  「…そうです…他人との間に壁を作らないというか…簡単に、その壁を乗り越えるというか…他人の懐に入ることが、できる…」  「…」  「…叔父と姪という関係ですが、冷静に一歩引いてみると、実に、羨ましいというか…才能だと、思います…」  「…才能?…」  「…ほら、例えば、パーティーというと、おおげさですが、大勢のひとが、集まって、宴会をする…そうすると、どの輪の中にも、入れない者が、一人二人いるでしょ?…」  「…ハイ…」  「…その真逆です…」  「…真逆?…」  「…つまり、コミュニケーション能力が、異常に高い…」  「…」  「…ですから、羨ましい…実に、羨ましい…」  「…」  「…正直、ボクも、若いときは、そこまで、思わなかった…歳をとったせいかな…彼女を…長井さんを見ると、つくづく、そう感じる…いや、これは、血が繋がってないですが、やはり、叔父と姪ですから、余計に彼女を観察して、そう感じるのかな?…」  長谷川センセイが、笑う…  そして、私は、長谷川センセイの言葉を聞いて、同じ…  実に、菊池リンと、同じだと、思った…  彼女、菊池リンも、長井さんと、同じだった…  愛くるしくて、頼りない…  それでいて、人懐っこい…  誰もが、彼女を好きになり、警戒心を解く…  同時に、誰もが、彼女の面倒を見たくなる…  そんなキャラだった…  正直、私より上…  世間で、美人と呼ばれる私より上だった…  なぜ、上なのか?  いわゆる、美人は、話しかけづらい女が多い…  美人であるがゆえに、お高く見えたり、近寄りがたいオーラを持っている女も多い…  オーラ=雰囲気を持っている女も多い…  それに、比べ、長井さんや菊池リンのような女は、話しかけやすい…  周囲と壁を作らず、気安く接することができる…  だから、すんなりと、他人と親しくなれる…  これは、男もまた同じ…  芸能人の例で言えば、いわゆる、イケメンで売っている男よりも、お笑い芸人の方が、モテる場合が多い…  それは、女の場合と同じく、話しかけやすいから…  話しかけやすいから、親しくなりやすい…  そういうことだ…  私も、若い頃は、そこまで、思わなかったが、さすがに三十路を過ぎて、思うことはある(苦笑)…  それは、今も言ったように、ツンとすました印象の美人より、誰もが、話しかけやすい、愛くるしいルックスの持ち主の方が、男にモテるという現実を、だ…  それまでは、考えもしなかった…  予想だに、しなかった…  だから、調子に乗っていては、彼女たちのようなタイプの女に足元をさらわれることに、なりかねない…  自分が、美人だから、男のひとに、モテると、油断していると、ひどい目に遭いかねない…  いや、  事実、ひどい目に遭った…  菊池リンが、私に近付いてきて、私を探った…  私に接触して、私の動向を探った…  さっきも言ったように、私が、前当主、諏訪野建造の娘だと、誤解していたからだ…  本来、用心深い私のガードをあっさり、破って、私の懐に入った…  それを、思い出した…  今さらながら、思い出した…  私にとっては、黒歴史…  今となっては、思い出したくもない、黒歴史だった(苦笑)…                <続く>
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