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4.何事も初めてづくしです
「まずは……よし、着替えよう!」
脱がずにそのまま寝てしまったので、外套も聖女のドレスもしわくちゃだ。
窓をしめ、もう着ていたもの全てが嫌だったので、全部脱いでやった。
「まとめてきれいになーれ!汚れを流れ落とせ ≪浄化≫」
あっという間に汚れだけでなく、しわもなくなった。
驚きの白さである。
何ならエリアーナ自身もきれいになった気がする。
口の中はスッキリしたし、髪の寝癖がなくなっていた。
ふと姿見が目に入った。
そこには生まれたままの姿の、背の高い美しい少女がいた。
群青色のまっすぐ伸びた髪はお尻を隠せるほど長く、深い海のようなラピスラズリの瞳がこちらを見ている。
「これで16歳って……さすが、顔を隠してるのに狂信者を無自覚に作っちゃうだけのことはあるね」
前世の自分の幼児体型と比較するのもおこがましい女神のような麗しさだった。
出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。
これが清純さを極めたような聖女の白いドレスに身を包んでいたのだ。
それはどこか少し背徳的で、でもそれを清廉な青く美しい長髪が加わることで神々しさを感じさせていたのだろう。
「……ヘックション!」
春になり暖かい日が増えてきたとはいえ、裸でいたらさすがに寒い。
初めて侍女なしでの着替えだ。
寝台のわきに放り出されていた旅行鞄から、下着や服を取り出す。
幸いなことに下着事情は前世と変わらない。
服も一人で着ることができるものばかり入っていた。
時間がないなか、執事がどうにか用意してくれたのだろう。
どれも真新しいが庶民的な服で、服以外にも最低限生活に必要な物が収納されていた。
去り際、こちらに頭を下げ続けた老執事の姿が目に浮かび、少し目頭が熱くなった。
「次、所持金確認!」
わざと元気な声を出し、感傷的になりそうな自分をごまかす。
旅行鞄の中に手をいれ、金貨袋を取り出し、書き物机へ中身を出した。
「金貨が27枚に銀貨が43枚……」
宿は一泊銀貨9枚。
泊まるだけだったら30日分はある。
でも食料やその他必要なものも買わなきゃだから、全部を宿泊費に回すわけにはいかない。
「そもそも私、王都にいていいのかな?もし何かやらかして王太子に知られたら、今度こそ無事で済まないかも……」
こちらを睨みつける王太子の目は今思い出しても震えるくらい怖かった。
侯爵家からも放逐され、ただの庶民である。
この国で王侯貴族の怒りを買ったらどんな目に合うか……。
「罰金、強制労働、奴隷落ち、公開処刑のどれかかな……」
王太子妃教育の中で、この国の罰則についても学んだ。
一番軽いのは罰金だが、払えなければ強制労働だ。
重い罪を犯したら、人としての権利を剥奪され、刑期を終えるまで奴隷となる罰もある。
さすがに処刑されることはないと思うが、この国に長居は無用に思えた。
「せめてなるべく早く、王都を出よう……」
エリアーナはそう心に決めた。
しかし、そもそも。
王都を出る方法は?交通手段は何があるのか?どの街に行けばいいのか?手元の資金で旅費は足りるのか?足りない場合どうやって稼げばいいのか?etc
「お腹空いた……」
思えば昨日の朝食以降何も口にしていない。
考えたいことはたくさんあるが、今はまず食事をして少し冷静になりたい。
宿の外のことは、どこで何が買えるのかも、どうやってそこに行けばいいのかもわからない。
(なら、確実に食べられるところに行こう!)
旅行鞄の中に入っていたベルトバッグを腰に巻く。
これも魔導具のようで、シュルッと金貨袋が入っていった。
長すぎる髪を高い位置で結び、準備を整えると確実に何か食べられる1階の食堂へ向かった。
(クンクン……この香りはまさか)
食堂が近づくたび、懐かしいにおいに前世の記憶が色濃く蘇る。
野菜、お肉、スパイス。
それらが絶妙に合わさり、ごはんに合うおかずナンバーワンなのではないかと思わせる絶対王者。
そう……!
『本日の朝食はカレーパンと野菜スープ』
いや、ライスじゃないんかい!
と食堂入り口の献立版に心の中でツッコミを入れる。
そもそも、この世界ではカレーはライスではなくパンが主流なのかもしれない。
文句言わず頂こう。
(この世界にカレーがあったことも知らなかったから、私が知らないってことは、カレーは庶民の食べ物なのかも)
お金(白銅貨7枚だったので銀貨1枚を出したら白銅貨が3枚返ってきた)を払い、受け取ると空いてるテーブルに座り、食べ始めた。
サクッとした食感のあと、少しピリ辛なカレーがジュワーっと口の中に広がった。
(揚げたて、最高!)
あっという間になくなった。
気づいたら、消えていた。
この世界のカレーパンも間違いなく美味だった。
少し(本当はかなり)物足りないが、所持金の余裕もないので、大人しく野菜スープを食べた。
キャベツ、人参、玉ねぎ、ベーコンが入ったミルクスープだった。
優しい味にほっこり。
貴族の食事はどれも前世で食べたことのない味や食材ばかりだった。
でも庶民の食文化は、馴染み深いものが多そうだ。
(現代知識で料理無双ってわけにはいかなそうだけど、そもそも私料理あまりやったことないから、この世界ちょうどよかったのかも)
美味しい朝食に満足し、食堂をあとにした。
受付には昨日案内してくれたお姉さんがいる。
こちらに気づくと会釈してくれた。
「食事はお口に会いましたか?」
「はい!故郷の味に似ていて、とてもおいしかったです」
嘘偽りない答えをする。
もしレビューサイトで星をつけるなら☆4だ。
☆-1なのは、量が足りなかったから(すごく空腹なのであと2個は食べられた)。
「満足いただけて何よりです。お部屋のほうは問題ございませんでしたか?」
「(まだよく見てないけど)はい!ぐっすり眠れました。部屋のことではないんですけど……」
お姉さんはいい人そうに見える。
エリアーナに嘘をついて得するとも思えないし、本当のことを教えてくれるはずと思い、近場で買い物ができる場所や仕事について聞いてみた。
「お買い物でしたら、宿の前の通りを左に10分ほど歩いたら、市場があるので一般的なものならそこで買えます。
『カエデ通り市場』って目立つ看板が立っているのでわかりやすいと思いますよ」
丁寧に手描きの地図までくれた。
私が男だったら惚れていると思う。
「あと、お仕事を探しているとのことなので、各種ギルドに行くのが確実だと思いますよ。
宿の前の通りを右に少し歩けば大通りまで出られるので、あとは各ギルドを巡る乗り合い馬車に乗れば行けます。
王都のギルドは『冒険者』『商業』『薬師』の3つあるので、自分に合うところへ行ってみてください」
本当はどのギルドでどんな仕事が紹介してもらえるのか知りたかったが、朝の忙しい時間にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。
エリアーナの後ろに、退室手続きを行いたそうな人が並び始めたので、受付をあとにした。
(身支度終えたら、さっそく市場とかギルドに行ってみよう)
部屋へ戻り、椅子に掛けてあった外套を身に着ける。
ハンカチ、ちりがみ、市場への地図、金貨袋を持って準備完了。
エリアーナの脳内では、初めておつかいに行くときの定番曲が流れるのだった。
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