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8.ターバン親父に感謝されました
肌色の洪水。
そんな感想が浮かぶほど、使う布を極限まで減らした服とは呼べないようなものを着た人々がそこにいた。
指の隙間からそっと覗く。
(何で全員男女ともにマイクロビキニなの!?)
彼らは恥ずかしがる様子もなく、硝子の箱に入れられ見世物のように置かれていた。
皆、整った顔立ちと体躯をしている。
チラチラと見ていたら、一人の美女と目が合った。
艶のある笑みを贈ってくれた。
「安心してネ。まだ開店前だカラ、他の客はいないヨ!」
広い玄関ホールに並ぶ硝子の箱を見ていると、前世の着せ替え人形を思い出す。
こっちの世界の着せ替え人形では、遊べる気がしない。
「ココに飾ってあるのは最近調教済んだコたちネ。
他のコは種族ゴトに部屋分けてあるノヨ。
興味あったラ、あとで見てミテ!
ボクの自慢の商品たちヨ!
みんなキレイでトッテモいいコ!
でも、オジョさんの方が上ダネ。
さすガ、女神の生まれ変わリ、言われたダケのコトあるヨ!」」
表情が強張る。
この男はエリアーナの正体をわかっているようだ。
目の前で大盤振る舞いに水魔法を使って見せたから、容姿の特徴と合わさりバレてしまったのだろう。
今は見る影もないが、エリアーナは名の知れた聖女であり王太子の婚約者だったのだ。
昨日のことが騒ぎになっていてもおかしくない。
「あなた、何者ですか?答えによっては、さっきの男たちと同じ目に合わせます」
キッと睨みつけるが、ターバン親父はニコニコしているだけでまるで気にかけない。
「安心シテ!命の恩人に失礼なコトしないヨ。
今朝のハヤブサ通信、オジョさんのこと載ってたケド、オジョさん悪くナイ。
ドロボーネコやっつけよう、したダケ。
ボクならもっと凄イのやり返すネ!」
そういう意見の人が少数でもいてくれる。
それはエリアーナによって嬉しいことだった。
たとえそれを言ったのが、妙な格好の怪しいオッサンだとしても。
「……あの、ここは娼館か何かですか?」
ターバン親父がエリアーナに敵意がないことはわかったが、この場所に長居したいかといえば否だった。
飾られた人々から『艶のある意味ありげな視線』を向けられまくってかなり居心地が悪い。
「ボクは春じゃなくテ、このコたち自身を売ってるんダヨ。
こんなキレイだけどネ、みんな元犯罪者ヨ。
奴隷罰ってやつダネ。
刑期が終ワルか心臓止まるマデ、奴隷でいるコト、国から命じられてるノヨ。
その管理を任されテルのが、ボクみたいな『奴隷商人』ヨ。
売上のウチ決めラレた割合をちゃーんと国に納めテル。
とても、善良な市民ヨ!
ボクは姿形整ってるコたち集メテ『愛玩奴隷』として売ってるノヨ。
すぐ用意させルから続きは食事しなガラ、話そうネ~」
ターバン親父はスタスタと奥に歩いて行った。
ゆっくりとそれに続くと、ダイニングルームがあった。
白い壁に赤い床、黒い家具と金のシャンデリア。
ターバン親父と同じ色使いの部屋は、ちょっとおしゃれだった。
テーブルの上には続々と料理が運ばれてきている。
エリアーナはそれを見てずーっと、生唾を飲んでいた。
「ささ!冷めナイうちに!食べようネー」
前世の癖で手を合わせ、心の中で『いただきます』をして、料理に手を付けた。
(……うまッ!!)
最初に食べたのは、スパイシーな生春巻きだった。
唐辛子のようなピリッとした刺激のある甘酸っぱいタレが、プリプリのエビをさらに美味しく感じさせた。
シャキシャキのキュウリも瑞々しくて申し分ない。
(この世界の庶民の食文化、最高過ぎる!)
貴族のときに食べていた、よくわからない食材や謎の味付けの料理にはもう戻れそうもなかった。
口にする料理すべてがおいしく、手が止まらない。
ターバン親父は料理をつまみつつ好々爺の顔で、それを見ながらワインを飲んでいた。
「食べなガラでいいカラ、軽くボクの愚痴聞いてヨ!
さっきの奴ラ、奴隷の仲介業者ヨ。
キレイなエルフの男、入荷シタっていうから写し絵見て仕入れタノ。
そしタラ、持ってキタの、死に損ナイの不良品だったノヨ!
治すノニ、神殿行ったラ赤字膨らむシ、廃棄するしかないノヨ。
お金返シテ言いに行ったラ、護衛の奴隷殺されテ、ボクまで狙っテきたノヨ!
アノ業者、絶対許さナイ!
店主ニ手を出すのハ、コノ業界じゃ絶対にやっちゃいけナイことヨ!
奴隷商人ギルドから、報復ウケるといいネ……」
そうニヤリと笑うターバン親父の笑顔は黒い。
この世界に『奴隷商人ギルド』というものがあることを初めて知ったが、闇が深そうなので詳細を聞く気はなかった。
「そうダ!オジョさんに今日のお礼とシテ、あのエルフあげるヨ!
オジョさんナラ簡単に治せるはずネ。
どう?奴隷いらナイ?
エルフ人気だカラ、普通に買えバ新品で金貨1000枚はするヨ!」
グフッと咽てしまった。
食べ物がのどに詰まりそうだったので、急いで手元のグラスを一気に仰ぐ。
「愛玩奴隷はいりません!」
全力で否定した。
何が悲しくて花も恥じらう16歳の小娘がそんな爛れたものを持たなくてはならんのだと、全力で首を横に振る。
「アノ不良品の経歴、元護衛ってあったカラ、護衛奴隷とシテ持てばいいヨ!
奴隷は主に嘘つけナイし、絶対に害ナイから安心安全ヨー。
どう?仲介業者送ってキタ紹介状見てミル?
まぁ、オジョさんいらないなら、捨てるダケだけどネ」
お仕着せを着たウサギ獣人の少女が、皿を下げたのち書類を目の前に置いた。
それを手に取る。
銀髪の若い男の写し絵が目に入った。
(うわっ、恐そうなイケメン……)
長く尖った耳を持つ、恵まれた容姿の者が多い『エルフ』という種族。
彼はそのなかでも、特出した美貌を持ち合わせているように見えた。
でもそれをぶち壊すほど鋭い目つきで、こちらを睨みつけている。
写し絵なのにその深緑の瞳からは、憎しみや怒りが伝わってくる。
(奴隷なんていらないけど、食事ご馳走してもらったし、一応全部見たほうがいいよね……)
前世の『出されたものは手をつけないと失礼』という精神はなかなか抜けなかった。
写し絵をめくり、紹介状を読んだ。
――――――――――――――――――――
名前 ジルコ
性別 男
年齢 18
種族 エルフ
経歴 元銀級冒険者。
17歳にて貴族に護衛として雇われる。
重大な背信行為を行い処罰された。
無期の奴隷罰を受刑中。
奴隷歴 3ヶ月
適正 護衛 ◎
肉体労働 ◎
家事労働 未確認
愛玩調教 未実装
――――――――――――――――――――
流し見していたが、経歴で目が留まる。
『元銀級冒険者』
今日行った冒険者ギルドで冒険者のランクについて説明を受けた。
初めは銅級で次いで白銅級、銀級、金級とランクが上がる。
上のランクになるには、腕が立つだけでなくギルドが行う試験と面接に合格しなければならない。
そもそも実績を重ねなければランクアップに挑戦することもできず、多数の冒険者が銅級と白銅級なのだそうだ。
(元銀級冒険者ってことは経験、知識、実力全部兼ね備えてる!)
銀級になれるのは全体の3割程度で、金級は各国に数える程度しかいない。
つまり、奴隷の彼はかなり優秀ということだ。
(……この人いれば、冒険者ギルドに護衛頼まなくても、すぐに他の街へ行けるのでは?)
本当はすぐにでも王都から出たかったエリアーナにとって、それはとてつもなく魅力的な話だった。
先程ターバン親父はあげると言っていた。
つまり、護衛費が浮く。
それだけじゃない。
エリアーナが補いたくて仕方ない『市井の常識』を気兼ねなく聞ける。
なぜなら奴隷は、隷属魔法により主に不利なことはできないからだ。
絶対に嘘を教えることはない。
―― 奴隷化に際し使用される『隷属魔法』は魔法創生期より現在まで使われている。
―― 主の命に背いたり害そうとしたりすれば、悶絶する痛みが襲い、最終的には気絶する。
―― 主と奴隷は互いの位置がわかるので逃亡することは不可能。
―― 奴隷化解除は、隷属魔法を使用する許可をもつ者しかできない。
―― 心臓が止まるその時まで、奴隷は主の所有物であるため、自傷や自害は行えない。
魔法の歴史を習う際に『隷属魔法』や『奴隷』についても学んだ。
そのときは何も感じなかったが、今考えるととても恐ろしい魔法が使われていると思う。
それを利用するようで心苦しいが、エリアーナはただ生きたいのである。
幸せにとか、健全にとか、もうそんな贅沢は望まない。
(野垂れ死ぬのは絶対にイヤだ!!)
そんな全く色気のない理由で、エリアーナは奴隷を持つことを決めたのだった。
決意を込めた目でターバン親父を見ると、彼は親指を立てウィンクを寄越した。
「お気に召シテ何よりヨ!
じゃ、早速不良品のトコ行こカ。
たぶん、マダ死んでないヨ。っとその前に!
ボクはバンバンて名前ネ。
気軽にバンちゃんて呼んデほしいナ!」
椅子から立ち上がり、スタスタと歩いていくターバン親父改め、バンバンのあとに続く。
……バンちゃんと呼ぶことは一生ないと思うエリアーナだった。
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