9.奴隷もらいました

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9.奴隷もらいました

   目的地は地下にあるようで薄暗い階段を下っていった。  降りた先は薄暗い廊下のようだ。  番号の書かれた扉がいくつもある。  何か聞こえた気がするが、エリアーナは都合よく難聴になった。 「ココは階全体に防音魔法かけテもらったケド  もう効果薄れテきたネ。  マタ施工業者、頼まなくチャ。  仕入れタばっかのコたち、調教中ヨ。見ル?」  首を横にブンブン振った。  扉の先で何が行われているのか……。  考えたくなかったので、綺麗な小川を想像した。 (……どこまで進むんだろう)  バンバンは鼻歌を歌いながらゆっくり進んでいる。  目的地は廊下の突き当り、一等暗い先にあった。   「ココよ!今開けるカラ、待ってテー」  バンバンが扉に手をかざすと、扉がうっすら緑に光る。  どうやら魔力認証式の扉のようだ。 (宿の扉と同じ仕組み?逃走防止かな……)  おそらく地下のすべての部屋が同じ造りなのだろう。  鉄格子のない牢屋のようだとエリアーナは思った。  バンバンはドアノブに手をかけると、ゆっくりと戸を開けた。  が、中に入らず振り返る。   「ボク治療邪魔しないヨーに、中入らナイから、オジョさんがんばってネ!」  エリアーナはその行動の意味を、部屋の中に入ってすぐ理解した。  咄嗟にバッグからハンカチを取り出し、鼻と口を押さえた。 (ひどい臭い。これって……)    窓一つないその部屋は、天井から吊るされた薄暗い灯りしかない。  その僅かな光のなか、目を凝らすと壁際に人影があった。  近づいて思わず目を逸らす。  目の前の人は、エルフのはずなのに耳が短かった。  いや、なかった。  ありとあらゆる拷問を受けたのだろう。  怒りに燃える瞳は、赤黒く薄汚れた布が覆っていて見る影もない。  体中が怪我ややけどだらけで、欠損している箇所も見受けられた。 (この部屋の臭いは傷が化膿してるからだ……)  生きているのが不思議な状態だったが、首に触れると確かにドクッドクッと脈がある。  それならば、何も問題はなかった。  エリアーナはその辺の聖女や神官とは訳が違うのだ。  頭を含む体が半分以上、且つ心停止後10分以内なら完治可能だった。  暴力的とも言える高い魔力で死すらもねじ伏せる。  その姿を見た人々がエリアーナに心酔するのも、無理もない話だった。  ハンカチをバッグにしまい、男に両手をかざす。   「()れ出た命の欠片よ  在るべき(ところ)へ逆流せよ 《大回復(マグ・レクーティオ)》」  なくしたものを元の場所へ。  命の()()を意識する。  その流れを操り、体を健康な状態に戻す。  水魔法を使える者が回復魔法を使えるのはそういう原理だ。  流れるものなら、水だろうが命だろうがおまかせなのである。  ……さすがに時間は操れないが。  部屋の中をエリアーナの青い魔力が照らした。  その力は部屋を満たすほどで、まるで水の中にいるようだ。 (かなりひどい状態みたい……ゴリゴリ魔力が削られてく)  魔物にやられて下半身をなくした騎士や、火事で大火傷を負った人を治したこともある。  それでもここまで魔力が一気に減っていくことはなかった。 (これは、この人の魔力が相当高いってことだよね?さすがエルフ)  エルフは元々森に住むただ長命なだけの種族だった。  けれど魔法への探究心が強く、長く生きることよりも魔力を高めることに重きを置いた。  その結果、寿命は人族と同じ程度に縮んだが、他の種族の追随を許さないほど、高い魔力を持つようになった。    そう教えてくれたのは、エリアーナの先代の筆頭聖女だ。  彼女はハーフエルフだった。  とても儚く優し気な見た目なのに、ものすごく強力な火魔法の使い手で、一人でドラゴンを軽々と屠っていた。  攻撃魔法以外使えない異端の聖女だったが、筆頭聖女の名に恥じぬ強さだった。  エリアーナが12歳のとき、結婚を機に聖女を引退した。  そんな彼女より高い魔力を持つエリアーナが、軽く引くくらい目の前の男は魔力を奪っていく。 (この怪我で死ななかったのは、魔力を生命維持に使っていたからだろうな。その失った魔力を補うために私から持っていってる気がする)  魔力を生命維持に使う人など、初めてだった。  おそらく身体強化の進化系なのだと思うが……。  無意識下でそんなことをやれる人を、エリアーナは知らなかった。 「そろそろ、かな……」  エリアーナは魔力の放出を辞めた。  取り払われた汚い布の下には、写し絵と同じ顔がある。  あれだけあった傷は全てなくなり、欠損していたのが嘘かのような逞しい肢体だった。 「体はもう大丈夫そうだね。あと問題なのは……  (けが)れを流れ落とせ ≪浄化(プルガーティオ)≫」  一瞬で男も部屋も塵一つない状態だ。  エリアーナは自分の仕事に満足を覚えた。  目の前の男はもう()()()とは呼ばれないだろう。  着ているものは、ボロ切れのような腰巻きのみだが……。  (すごい!この腰巻き浄化魔法が効かない!?)  腰巻きは変なシミのある、薄茶色の布のままだ。  エリアーナは謎の敗北感に襲われた。  しかし、いつまでも眠る美青年の腰巻きを凝視するわけにもいかない。  部屋の前にいるであろうバンバンに声をかけた。 「バンバンさん」  反応がない。  聞こえていないのだろうか? 「あの、もし?バンバンさん」  ……やっぱり反応がない。  もしかして、いないのだろうか。 「ボク、バンちゃん。オジョさん、ボク、バンちゃんヨ」  呑気な声が返ってくる。  エリアーナはイラッときたが、お願い事があったので我慢した。 「……バンちゃん」  扉がパーンッと開いて軽やかなステップでバンバンが登場した。  エリアーナはビキビキしたが我慢した。 「はーい!ナニ?呼んだカナ?」  サングラスをずらし、ウィンクを送るバンバン。  それを完全に無視し、エリアーナは淡々と希望を伝えた。 「彼は問題なく治せました。  でも精神的にも消耗が激しいので  すぐには目を覚まさなそうです。  ここに置いておくのはちょっと気が引けるので  何でもいいので着替えと、宿までの辻馬車を  手配してもらえませんか?」  バンバンは完治した男に近づき、全身を観察しているた。  聞きなれない言語でブツブツ言いながら驚いているようだ。 「オジョさん……アナタ、本当にスゴイ!  ボロボロだったノ、なかったコトなってるヨ。  こんなノ、神殿行って治療うけタラ  金貨1000枚でも足りないネ。  オジョさん、アナタ手放すなんテ、この国アホ」  まったくの同感だったが、エリアーナは曖昧に苦笑いを浮かべた。  そうは思うが、エリアーナより適任の者が現れたから、(てい)よく追い払われたのだろう。 「先月から神殿に招かれた光の聖女は  回復魔法にかけては私以上の実力があります。  他にも頼りになる聖女や神官が多いので  私がいなくても、この国は問題ないんですよ」  光の聖女の笑顔が浮かんだ。  慈愛に満ちた、美しい笑顔だ。  彼女は内面まで美しかった。  誰もが求める癒やしの光そのものの彼女。  空っぽだったエリアーナとは全然違う。 (ま、私も今は()()()()()()()()()()()で中身ぎゅうぎゅうだけどね!)  前世を思い出して以降、昔感じていた空虚感は鳴りを潜めた。  今のエリアーナを占めているのは、明日への危機感と食への欲求くらいだ。  魔力を大量に使ったからか、満腹だった腹はどこかへ行ってしまった。 「……オジョさん、がんばってネ。  もし、何かあって奴隷なったラ、ボクの名前出しテ。  絶対、ステキなご主人見つけテ、あげるヨ!」  ……応援の仕方が実にありがたくない。  お世話になる未来が訪れることのないよう、精一杯努めようとエリアーナは自分を鼓舞した。 「そダ!服と馬車ネ。ちょと待てヨー」    バンバンは扉の横に置かれていた、手のひら大の巻き貝を手に取る。  それを耳に当てた。 「呼び出シ、待機室。  ……男物の服、すぐ下持てキテ。  着替えスルから人手もネ。  あと、オジョさん帰るから、馬車呼んデ」  人は驚くと、開いた口が塞がらなくなる。  またこのパターンである。 「ん?オジョさん、伝話(でんわ)みるの初めて?  コレ『話し貝』て魔物の素材使タ魔導具だカラ  貴族様のおウチじゃ、置かナイのかもネ。  見た目、まんま話し貝(魔物)だモン。  離れ過ぎルと使えないケド、家の中ナラ問題ないヨ」  前世でいう、内線電話やトランシーバー的な物だろう。  エリアーナはまた一つこの世界の知識を得た。   (私の顎が外れる前に、早く庶民の暮らしを知ろう……)  そのためにも、目の前の彼には役に立ってもらわねばならない。  安らかに眠る彼は、ぼろ切れ1枚でもイケメンだ。 「あ!忘れルとこだったネ。  オジョさん、この男と隷属魔法で契約しヨー。  今、この男、ボクと仮契約しテル。  それ解除しテ、オジョさんと契約し直しネ」  バンバンはポケットから魔法陣用の白墨(チョーク)を取り出し、慣れた手つきで床に描き始めた。  鼻歌付きである。 「準備できたヨ!オジョさん、その男持テル?」  か弱い少女にそんなの持てるわけないかといえば、否だ。  エリアーナは自らの魔力を身体に巡らせる。  所謂、身体強化だ。  これなら、男一人くらい如何(どう)ということはない。 (……男の人とこんなに密着したの初めてだ。しかもほぼ裸体って、色々アウトなのでは?)  心の中の乙女な部分が騒いでいるが、それは無視した。  男を抱き上げ、魔法陣の中心に置く。 「じゃ、オジョさん!  ボクが合図しタラ、魔法陣に魔力流してネ」  バンバンは隷属魔法の詠唱をしている。  それを聞き取ることはエリアーナにはできない。  これを唱えたり聞いたりすることは、王から許可された者しか叶わないからだ。  その許可された者が、奴隷商人を指すとは授業では教えてもらえなかった。  王太子妃には暗部の情報はいらないとされたのだろう。 「オジョさん、今ヨ!」  促され、魔法陣に魔力を放った。  先ほどの回復魔法と魔力譲渡で大量に消費したので、もう魔力残量は僅かだ。  尚、バンバンの詠唱は続く。 「オジョさん、もう十分ヨ!あとは下がテ見ててネ」  魔法陣から離れ、契約の行方を見守った。  溢れた光が全て中央の男に注ぎ込まれる。  恐ろしい儀式の筈なのに、とても幻想的で綺麗だなと思わせた。 「ハーイ!終わたヨ。  これでこの男はオジョさんのモノ。  好きに使てネ♡」  ♡を使うような使い方は絶対にしないが、存分に役立てたいとは思っている。  ビシッと親指を立て頷いた。
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