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それぞれのエイプリルフール。
む、と綿貫君がスマホを取り出した。そうして溜息を吐く。どうしたの、と声を掛けると黙って画面を見せてくれた。メッセージ・アプリが起動している。
『おい、綿貫。宝くじ、三万円が当たった。今回はマジ。今度奢ってやるよ』
送信者は橋本君か。綿貫君のもう一人の親友じゃないの。まあ私も友達だけど。
「未だにこういう、しょうもない嘘を吐くんですよ。中学の頃からエイプリルフールと言えば橋本の嘘だったのです」
しばし思考を巡らせる。
「彼、四月一日じゃなくても平気で嘘を吐くじゃないの。それも、女の子と遊んだの遊んでないのだの、お店に行っただの行ってないだの。割と人として駄目と断じられる瀬戸際の嘘を」
綿貫君が吹き出した。確かに、と笑いながら頷いている。
「それに比べれば可愛いものね」
「二十代も後半に差し掛かってからは、まだ俺をからかおうとするのか、と呆れていましたが、言われてみれば普段のあいつの言動に比べれば全然まともな嘘じゃないか。あいつ、墓穴を掘ってやんの」
「ちなみに昔の君はよく引っ掛かっていたの?」
「はい。例えば今日の嘘なら、マジか、ボトル入れようぜ! って食い付いていました。そして、四月馬鹿、と舌を出されるのがオチです」
しょうもない嘘を吐く橋本君も馬鹿ちんだけど、ほいほい引っ掛かる綿貫君も単純すぎる。やや呆れを覚えつつ、そういうところも可愛いのよね、とノロケが頭を過ぎった。顔が熱くなる。
「嘘吐けって返しておこうっと」
その時、今度は私のスマホが振動を始めた。あら、着信? 発信者の名前を確認する。そして、ごめん、と綿貫君を片手で拝んだ。
「電話が掛かって来たの。ちょっと出て来るわね」
承知しました、という返事を背に私はお店の外に出た。もしもし、と応じると、よぉ、と私の親友である葵の声が返って来た。
「聞いてくれ恭子。何とだな、この私に恋人ができたぞ」
えっ、と思わず口元を押さえる。葵に恋人!? 嘘っ! ついに!?
「ホ、ホ、ホントなの!?」
あぁ、といつもと変わらない調子で返事をした。なんでそんなに落ち着いているのよ! 私の方が興奮しているじゃない!
「おめでとぉ~! で、どんな人が相手なの!?」
「それがだな。歳は私と同い年。性別は女性。そしてお名前は、秋葉恭子さんっていうんだが」
……私のフルネームじゃないの。
「……葵」
「エイプリルフール」
「超えていいラインを考えろ!!!!」
一方的に電話をぶっちぎる。バカよ、バカバカ! 喜んで損した!! いきり立って店内に戻る。どうしましたか、と綿貫君は目を丸くした。
「えらく眉が吊り上がっておりますが」
聞いてっ、と鼻息も荒く今の茶番を捲し立てる。
「あー、っと。葵さん、それはアウトなのでは。だってそれこそ昔、葵さんは恭子さんを好きだったのでしょう?」
「そうよっ! 二十歳の時、あいつに告白された! そして私はフッた! 以降、親友!」
「まあまあ、落ち着いて。軍人みたいな喋り方になっておられます」
「落ち着けるかぁっ! ついに葵にも恋人ができたのねっ! って喜んだのに! あんの大バカたれぇ~っ!」
ふーむ、と綿貫君は腕を組んだ。私はアイスティーをがぶ飲みする。いくらなんでもダメな嘘よっ! しかし、あの、と綿貫君が小さく手を上げた。
「何ッ」
「ひょっとしたら葵さんの嘘には願望が含まれていたのかも知れませんよ」
「今更私と付き合いたいっての!?」
「いや、そっちじゃなくて。恋人ができた、ってところ。欲しいのかも知れませんね」
まあ葵は寂しがりだから、望んでいてもおかしくはない。それに、と綿貫君は先を続けた。
「言葉をはっきり口に出すと、叶うって言うじゃないですか。言霊信仰、でしたっけ。もしかしたら葵さんもそういう考えを持っているのかも知れません。ただ、平時は照れ臭くて絶対に言えない。だからエイプリルフールにかこつけて、恭子さんを相手に嘘を吐く体で望みをはっきり述べてみた」
どうでしょう、と穏やかに此方を伺う。おかげで少し落ち着いた。でもさぁ、と唇を尖らせる。
「私の気持ちを踏ん付けていることに変わりは無いわよ」
「まあ、それは、はい」
「そこにフォローは無いんかい」
「葵さんが一線を超えた嘘を吐いた事実は揺るぎませんから」
「駄目じゃん」
「駄目です」
しばし顔を見合わせる。やがて、揃って相貌を崩した。
「駄目ならしょうがない。困った親友ね、今度一杯奢らせるわ」
「それがよろしいかと」
お互い、紅茶とコーヒーを啜る。再び、穏やかな時間が戻って来る。
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