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お前が疑心暗鬼になるんかい!
しかし今度は、テーブルに置いたお互いのスマホが同時に震えた。共通の友人、七名が登録されている共有メッセージに新着が一件あった。開けてみると、田中君が何やら書き込んでいた。
「お、モブオペレーターからだ」
「ちょっと、やめてよ」
笑いながら内容を確認する。
『こんにちは。東秋野葉駅で、やたらと美味い味噌ラーメンのお店を発見しました。是非、行ってみて下さい。マジで最高です』
ご丁寧に、お店のホームページのリンクまで貼ってくれていた。はて、と画面を見詰める。これは、と綿貫君も眉を顰めた。
「嘘、じゃないですよね?」
「多分、ただの善意だとは思うけど」
そうは言いつつ、どうしても疑いが過ぎる。なにせ今日はエイプリルフール。ましてや橋本君や葵に嘘を吐かれたばかりなのだ。疑心暗鬼になるのも仕方ないってものよ。
試しに画面を開きっ放しにして様子を伺ってみた。田中君のメッセージに対して、私と綿貫君を含めた六人、誰も反応をしない。恐らく誰もが、どっち? と気になっているに違いない。悪い日に送ったわね、田中君。本人は返信が無い理由に気付いてもいないだろうけど。
「恭子さん、返事は書かないのですか?」
「いやぁ、だってほら、間違いなくただのお勧めだとは思うのよ? ただ、もしかすると、ねぇ。うん……」
どうしても歯切れが悪くなる。やっぱりさ、と綿貫君はポケットに自分のスマホを仕舞った。
「エイプリルフールは好きになれません。こうやって友達の善意まで疑わなければならないのですもの。ひどい行事だし、皆を信じ切れない自分にも少し腹が立ちます」
自分を責めるなんて、本当に真摯なんだから。そんなことない、と私は表情を和らげる。
「今日ばっかりは仕方ない。君は何も悪くないわよ。田中君は、タイミングが悪かった。ドンマイとしか言えないわ」
慰めたけど、少し空気が重くなった気がした。綿貫君も察したのか、恭子さんは、と割と明るめの声を上げた。
「どう思います? エイプリルフール。好きですか? 嫌いですか?」
うーん、と腕組みをして考える。
「まあ別に、無くてもいい行事だとは思うわね。人によっては楽しめるのでしょうけど、私は別にそうでもないし。むしろ葵が柄にもない嘘を吐いたのがショックだった」
「引っ張りますねぇ。ちゃんと真面目に葵さんへ向き合っている証拠ですよ」
「そうかな」
「勿論。だから恭子さんの心を弄ぶような嘘が嫌なのだと思います。不誠実ですもの」
「それこそ真面目な意見ね。あ、でもさぁ」
ふと別の考えが浮かんだ。はい、と相槌が返ってくる。
「逆の立場で考えてみると、嘘を吐いた葵本人も辛くない?」
「と、言いますと?」
「例えば、綿貫君が昔告白してフラれた相手がいるとするじゃない。その子に電話を掛けて、恋人ができたよ! 嘘! エイプリルフール! 俺は独り身です! ってやったところを想像してみて」
彼は天井を見上げた。しばし後。
「うーわ、きっつ」
「そうよね。電話を掛けた後、凄く虚しくなりそう」
「葵さん、今、どんな心境なのでしょう」
「一人、膝を抱えていてもおかしくない」
「寂しがり屋なんでしたっけ」
「言わなきゃ良かった。恭子を怒らせて私も傷付いただけじゃねぇか。そんな風に後悔しているんじゃないかしら」
「しかしそれこそ」
「自業自得よねぇ」
余計な嘘を吐いた方が悪い。揃って溜息を吐き、飲み物を口に含む。今頃、葵はくしゃみでもしているかしら。
「今度、奢らせる時に聞いてみようかしら。あんた、実際どんな心境だったのって」
「追撃とは、容赦無いですね」
「私の気持ちを弄んだ罰でもある」
綿貫君は、じゃあしょうがない、と肩を竦めた。その時。メッセージが一件届いた。葵から田中君への反応だ。
『田中君よ。そのラーメン屋の情報、エイプリルフールの嘘じゃあるまいな?』
ずっこけそうになる。嘘を吐いた葵の方も疑心暗鬼になっている! いえ、むしろ自分が騙った側だから、もしや相手もそうなのでは、と信じられなくなっているのかも。どっちにしろ間が抜けているわね。田中君から、すぐに返事があった。
『失礼な。マジの情報ですよ』
『そうか、すまない』
『何でもかんでもエイプリルフールに結びつけて考えるんだから』
『今日はしょうがないだろう』
『人の善意まで疑うようになったら人間おしまいですよ』
『わかった。悪かったって』
まったく、何をやっているのやら。そして、この途切れないやり取りから、やっぱり葵は寂しいのだなと察する。わかりやすいのよ、あんたも大概ね。
綿貫君にスマホを渡す。彼は自分の物をポケットに仕舞ったから。田中君と葵がやりあう様を見て、不毛だなぁ、と苦笑いを浮かべた。
「おまけに葵さん、自分もひどい嘘を吐いておきながら田中のラーメン屋情報を滅茶苦茶疑っているじゃないですか」
「嘘を吐く人間は嘘を吐かれるかも知れないと身構えるのよ」
「浮気をした者同士がくっつくと、今度は相手が別の相手と浮気をしているのではないかと疑い続けるようなものでしょうか」
「例えは最悪だけどそんなところね」
その間も二人の間でメッセージが飛び交っていた。どんなしょうもないやり取りが繰り広げられるか、綿貫君と一緒に見守る。
『ちなみに紹介したお店、量が滅茶苦茶多いから葵さんは一人で行かない方がいいですよ。貴女、小食でしょう』
『マジか』
『嘘です』
『んだとぉ!?』
『ミニもありますよー。送ったリンク、ちゃんと見て下さい』
『貴様、よくも騙したな』
『エイプリルフール!』
『いいか、吐いていい嘘と悪い嘘がある』
『そんな大袈裟な』
『まず、私は味噌ラーメンが大好きだ』
『初耳ですね』
『美味いじゃん』
『まあ、はい』
『それはともかくとしてだ』
『別にどうでもいいんかい』
『お前、私の小食をいじっただろう!』
『はい』
『はい、じゃねぇよ! 好きで小食になったんじゃないやい!』
『わかりましたよ、すみませんでした』
『今度、そこの店へ連れて行け。そんでラーメンを奢れ』
『えー? デートと思われたら嫌だからパス』
『んだとぉ? 先輩の誘いが聞けないってのか』
『二人きりは駄目』
『じゃあ恭子も誘う』
おっと、急に被弾したわね。そっとスマホの画面を叩く。
『さっき私の気持ちを弄ぶ嘘を吐いた人には、到底付き合えません』
絵文字も記号も付けずに送る。すぐに既読が五件ついた。綿貫君はスマホを仕舞ったまま。メッセージを送信した私も既読数に含まれない。つまり、メンバーの七人全員がリアルタイムで眺めていることになる。皆、暇ねぇ……。
『ごめん』
すぐに葵から謝罪が届いた。
『私は怒っているでしょうか』
そう返すと、少しの間が空いて。
『ごめんなさい』
うふふ、またしても疑心暗鬼になっているわねぇ。本気で怒っているか、からかっているか、判断がつかないのでしょう。だから地雷を踏まないよう、丁寧に謝った、と。今頃一人であたふたしているに違いない。もうちょっとからかいたいのはやまやまだけど、得るものもないしやめておきましょ。なによりこっちはデートの最中なのだから、やり取りは適当に切り上げなきゃね。そろそろアイスティーも飲み終わるし。
『田中君。今度、そのラーメン屋へ葵を連れて行く時には私にも声を掛けて頂戴』
『ガッテンです』
『ありがとう恭子! ごめんなー!』
『あんたは私に一杯奢りなさい!』
『わかった!』
『ところで葵さん。恭子さんに何を言ったのです?』
田中君の返事を最後に、私はメッセージアプリの通知を切った。さて、葵はどう説明するのかしら。あんたが私に告白した過去を、後輩の田中君に教えるの? 私は綿貫君に教えたわ。大事で大好きな人だから。でも葵と田中君はただの先輩後輩。さて、この複雑な状況を葵はどう乗り切るのかしら。誤魔化すのはなかなか難しいと思う。私へ本気で謝ったのが、事の重大さの裏付けになっている。
「いいんですか、通知を切っちゃって」
一緒にスマホを眺めていた綿貫君に、そう問われた。しばらく続きそうだから、と答えてアイスティーを飲み干す。
「折角、二人でデートをしているのに通知ばっかりじゃ気になっちゃうわよ」
「まあ、そうですね。俺も切っておくか」
「別に、君はいいのよ?」
「いえ。俺だって恭子さんとのデートに集中したいです」
真っ直ぐ見詰めて言われると、未だに照れちゃう。ありがと、と小声でお礼を述べた。
「さて、次は何処へ行きますか?」
「取り敢えず、このモールの中を歩いてみよっか」
「ウインドウショッピングってやつですね。了解!」
ビシッと敬礼のポーズを決めた。映画のロディの真似かしら。可愛いわね、綿貫君っ。
支払いを済ませ、喫茶店を出る。すぐ傍のアクセサリーショップで早速私は足を止めた。早いですね、と綿貫君が吹き出す。
「良さげなネックレスが見えたから。ね、似合うかな」
小さな花弁の形をしたペンダントトップが可愛らしい。そっと首に宛がってみる。素敵です、と即答してくれた。
「まあ、恭子さんはどんなアクセサリーを着けても素敵ですけど」
「お上手ね。それも嘘?」
「まさか。顔、赤くなっているの、わかるでしょ」
「そうね。そして赤面はお互い様よ」
朱色のほっぺで微笑み合う。私達にエイプリルフールは似合わないわね。
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