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どうやら、よっぽどどんぐりの歌が好きな子が住んでいるらしい。
僕が住んでいる家はアパートの103号室。適当に片付いたところで、他の部屋に挨拶に向かったのだった。
「あらあら、ありがとうねえ。わたし、洋菓子の方が好きなのよお」
104号室はかなり年のいった老夫婦が住んでいた。ニコニコしながら僕が買ってきたマドレーヌを受け取ってくれる夫人。やや耳が遠いようで少々会話には難儀したが、とても愛想がよくて親切な人だった。
「このアパートって、子供が住んでるんですか?」
「はあい?」
「えっと、このアパートは!子供が!住んでるんですか!?」
「ええ、ああ、そうねえ。四階にご一家が住んでるわねえ。お父さんが転勤族で、だから何度も引っ越さなくちゃいけなくて、大変だそうよお。だからねえ、あのご一家も去年の秋に来たばっかりだけど、いつまた引っ越してしまうかわからないそうよう」
「そ、そうですか」
現在アパートに住んでいるのは、僕を覗けば四部屋のみ。
老夫婦、若いカップル、男性の単身者、それから四階のご家族だ。そのうち若いカップルは家にいないことが多いのか、この日含め後に何度尋ねても話をすることができなかった。男性の単身者もである。
どうにか話ができたのは、四階のご家族のみ。
「ああ、すみません、こっちこそ、ええ」
僕が尋ねると、三十代くらいのお母さんとお父さんが頭をへこへこさせてきた。なんだか妙に腰が低いなと思ったら、彼等の後ろから子供が三人も顔を覗かせているではないか。小学一年生くらいの女の子と、幼稚園に入るか入らないかくらいの男の子ふたりである。
「そ、その。うち、この通り子供が三人もいまして……しかも男の子ですからよく走り回ってしまって。煩いかもしれません、ごめんなさい」
「あ、いえいえいえ、気にしないので大丈夫です!」
「そ、そうですか?」
どうやら、奥さんが気にしていたのはそこだったらしい。確かに、小さなお子さんがいる家庭は騒音に気を使うことだろう。いくら走り回るな、騒ぐなと言ってもなかなか言うことを聞いてくれないだろうから尚更に。
僕も子供の頃は、やんちゃ坊主だったなあと思い出す。子供の声は嫌いじゃないし、多少の足音くらいどうってことはない。
「お兄さん、いつもうるさい?」
小一くらいの長女さえ、不安気に声をかけてくる始末。僕はぶんぶんと首を横に振った。
「ぜ、全然!ぜーんぜん!五月蝿くないし、うるさくても気にしないから大丈夫!子供は元気に走り回ってるくらいが丁度いいんですよ、ねえ?」
「あ、ありがとうございます……!」
奥さんは心底ほっとしたように、旦那さんと顔を見合わせてマドレーヌを受け取ってくれた。
今のところ、あまりにもおかしな住人はいなさそうではある。単身男性とカップルも、アパートにいないならいないで気楽というものだ。
少々緊張していた僕は、ちょっと安堵したのだった。
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