どんぐり、どんぐり。

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「うちじゃないの。うち、ピアノないよ。ていうか、お部屋狭いから、ピアノ置けないよ」 「!」  言われてみれば、その通りだ。僕達が住んでいるアパートは、リビングもダイニングもついてはいるものの、それ以外に部屋らしい部屋は一つしかない。一人暮らしの僕ならともかく、五人家族で住むにはかなりぎゅうぎゅうだろう。  部屋の構造も少々歪だし、収納も考えたら――ピアノを置くスペースなんて、どこにもなさそうだ。何故、それに気づかなかったのか。 「え、じゃあ……これ、誰が歌ってるんだ?」  僕の問いに、女の子は困ったように――足元を見た。  再三になるが、僕の部屋は一階である。自分より下の階なんて、ない。下にあるのは、地面。なのに。  気づいた。  気づいてしまった。 『どんぐりころころ ドンブリコ  お池にはまって さあ大変  どじょうが出て来て 今日は  坊ちゃん一緒に 遊びましょう~  どんぐりころころ よろこんで  しばらく一緒に 遊んだが  やっぱりお山が 恋しいと  泣いてはどじょうを 困らせた~』  歌も、ピアノの音も。  足の下から聞こえてくるということに。 「……うちは、もうすぐ引っ越すから、大丈夫だと思う。パパのおしごと、いそがしいみたいだし」  女の子は真剣そのものの顔で、僕を見て言ったのだった。 「お兄さんも、急いだほうがいいと思う。たぶん、聞こえる人には……良くないから」  その後。  僕は交通事故に遭って、せっかく入った大学を休学する羽目になった。  なんとか両足とアバラを折るだけで済んだものの、一歩間違えれば命を落としていたのは間違いない。なんだか恐ろしくなって、退院してすぐ引っ越しをすることにしたのだった。  後に分かったこと。あのアパートがある敷地には、元々もっと大きなお屋敷が立っていて、お金持ちの一家が住んでいたらしい。ところが事業が失敗して、父親が無理心中を図ったというのだ。  その家にはピアノがあって、小さな女の子がいたという。  この話を聞いたみんなも、どうか気を付けてほしい。  多分、あのアパートが格安だった理由に、そこもあるような気がしてならないのだ。  仮にアパートが事故物件でなかったとしても――土地まで、問題がないとは限らないのである。
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