どんぐり、どんぐり。

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どんぐり、どんぐり。

 これは、僕が大学生だった時の話。  高校卒業を契機に一人暮らしを始めることになった僕。いかんせん、実家が埼玉の山奥の方だったので、東京の大学に通うのが難しかったのである。  隣県なのにと思うかもしれないが、埼玉県というのは広いのだ。あと、北から南、東京へ出るルートは多数存在するのに、東西に移動するルートが少ないのは結構ネタにされがちなのである。時に、北西部の扱いは非常に残念だと言っていい。何で鉄道を南側にばかり集中させたのだと、未だに不満を抱いている県民は少なくないはずだ。  まあそんなわけで。  さすがに毎日何時間もかけて通うのは現実的ではないため、東京の大学近くにアパートを借りることにしたのだった。ボロボロの、四階建てアパートである。駅から二十五分と少し遠いが、大学から十五分なので贅沢は言えない。  なんせ、家賃がひと月二万という格安っぷりである。二十三区内の物件としては破格の値段だと言っていい。 「あ、あの、一応お尋ねしますけど、ここ……事故物件とかじゃないですよね?」  一応、不動産屋で確認は取った。心理的瑕疵あり、の表記はなかったものの、そこを誤魔化しているところもあるかもしれないと疑ったためである。  何より、家賃があまりにも安い。近くに墓場があるわけでもないのに。  すると不動産屋のおじさんは少し困った顔をして、問題ありませんよ、と言った。 「貴方のお部屋も、アパート全体でも、人が不審死したなんてことございませんから」 「じゃ、なんでこんなに安いんです?」 「それはまあ、いろんな理由がありますねえ。まず駅から遠いでしょう?駅まで徒歩二十五分じゃ、まあそう人気があるはずもなく。駐車場も近くにありませんから、まあ車で移動することもままなりませんよね。その上、築四十年になりますから、まあかなり古いといいますか、ガタもきてますから。音もすごく響きやすいんですよ、幸い今はアパートに入っているご家庭も少ないのですが、足音とかもねえ。そういうのもあってか、人が死んだことはなくても、入れ替わりはそれなりに激しいかなと」 「あー……」  あまり東京の住宅事情に詳しくはないが、そう言われると納得できないこともない。築四十年ということは、耐震構造なんかもちょっと怪しいだろう。それでも、お金のない学生としては我慢するしかないところだが(一応、これでも男だし)。 「しかし、お風呂とトイレもついてますし、まあね、日当たりも通風も悪くはありませんから。古いとはいえ、大学生さんが一人で住むには十分な物件だと思いますよ」  そう言われると、まあそうかもな?という気になってくる。  引っかかるところがないわけではないが、僕としては最低四年間、大学に通って暮らせるならそれでいいのだ。就職したらまた新しい家を探してもいいのだから。 「じゃあ、お願いします」 「はい。契約書にサインお願いしますねえ」  僕はそのアパートを契約したのだった。まさかあんなことになるとは夢にも思わずに。
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