失踪する部屋

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   ◇   ◇   ◇  以前住んでいた部屋と間取り的に大きく変わるものではなかったから、荷物の整理は案外早く終わらせる事ができた。一部、判断に迷う段ボールに関してはそのまま廊下のクローゼットに入れておく事にした。  南に面した窓からは予想外に間接光が差し込み、オリーブの鉢植えを置いただけで不動産広告の写真みたいに絵になる。事故物件を思わせるような陰鬱な雰囲気はどこにも見当たらない。私は一人掛けのソファーに身を沈め、ほっと安堵のため息をついた。  その時、リリリ……と呼び出しベルが鳴った。なんだろうと訝しみながらドアの覗き窓を覗くと、外に丹下が立っていた。 「あの……なんでしょう?」 「いやいや、そろそろ片付いた頃かと思いやして。どうです? お困りごとなんかはありませんか?」 「いえ、大丈夫です」  ドアチェーンでロックされたドアの隙間から、丹下が目をぎょろぎょろさせて中を覗き込んでくる。気持ち悪くなって「困った時はこちらから連絡します」と一方的にドアを閉めた。  やっぱりあのオヤジ、気持ち悪い。  背筋を走る悪寒に、肩を抱いて身震いする。これから毎日あれと顔を合わせるのだと思うと、うんざりした。  なんだか部屋にいたくなくなって、どうせだから買い出しに出ようと思いついた。ついでにちょっと周囲を探検して来よう。良さげな店があれば、夕飯は外食で済ませてもいい。引っ越し直後の折、お財布の中身はだいぶ心もとないが、今日ぐらいは贅沢したっていいだろう。  そうして出掛ける準備をしていたら、再びリリリ……と呼び出しベルがなった。  嫌な予感がして覗き窓を覗くと、今度は知らない男が立っていた。 「あの……はじめまして。隣の森田です」  引っ越したこちらから挨拶に行くならともかく、隣人が挨拶に来るなんて聞いた事もない。とはいえこれから先の生活を考えると無碍に扱うわけにも行かず、私はドアを開けた。 「はじめまして、花本です。お騒がせして申し訳ありません。こちらから挨拶に行くべきなのに、大変失礼しました」 「いえ、管理人さんから連絡は受けていたので大丈夫です。こちらこそお忙しい時に邪魔をしてすみません」  森田さんはそう言ってはにかんだ。すらりと高い背に、淡いブルーのブロードシャツが爽やかな印象だった。私の中の警戒感が、すぐにどこかへ消えて行った。 「それより……」  周囲をうかがうようにして、森田さんは急に声を潜めた。 「お伝えしておきたい事があるのですが、これからちょっとお時間を取れませんか?」  私の胸が大きくざわめいた。 「それってどういう……」 「他でもない、あなたがこれから住む部屋の事です」  森田さんは一点の曇りもないまっすぐな目で、私を見た。
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