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◇ ◇ ◇
「やっぱり、何かいわくつきの部屋っていう事なんですか?」
それから数分後、私と森田さんは近所のファミリーレストランにいた。
ここでは話せない、話さない方がいいという森田さんの言葉に従い、マンションの外で待ち合わせしたのだ。
「事故物件とは違うんだけど、それが果たして良いのか悪いのか。単刀直入に言うと、あの部屋に住んだ人は失踪してしまうんです」
「失踪……?」
聞きなれない言葉に、私は眉を曇らせた。
「ええ。僕の知る限りこの二年間で三人、あの部屋の住人が姿を消している。本人不在のまま、残された家族や親類が代わりに部屋を引き払う、という事が繰り返されているんです」
「でも、そんな事件……」
私が調べた際は、連続失踪事件などという物騒なニュースはどこにも見当たらなかったではないか。
「それは当然。学生や小さな子どもならともかく、大人がある日突然姿を消すなんて、あちこちで頻繁に起こっていますし。警察に届け出たとしても、他の事件や犯罪との関連が疑われない限り、わざわざ表立って事件化したりはしませんよ。ましてやマスコミなんて、芸能人でもないただの一般人の失踪事件に興味はないし」
「だとすると、偶然行方不明が重なっただけという可能性もあるんですよね? 本当にあの部屋が関係しているのでしょうか……?」
「正直なところ、個別の件に関してあの部屋が関連しているかどうかはわかりません。一人目の佐藤めぐみさん、二人目の横井真里さんに関しては、何らかの事情で自分から部屋を出て姿を消した可能性もある。でも……」
運ばれてきたアイスコーヒーを一気に半分ぐらい飲み干して、森田さんは続けた。
「三人目の原田みちるさんは、違う。あの子はいなくなったあの日、間違いなく部屋にいたはずなんです」
森田さんが言うには、原田みちるさんが失踪したとされるその日の夕方、帰宅して来たみちるさんとばったり廊下で会ったのだそうだ。その時、明日は休みだから今晩は溜め込んでいた海外ドラマを観るつもりだ、という世間話を交わしている。
「実際にその後、出入りするような様子は無かった。ただ、深夜にみちるさんの部屋からガタゴトと物を動かすような音が聞こえて来て、不思議には思っていたんです。普段から近所迷惑になるような事はしない子だったから。そしたら翌朝、いなくなっているのがわかって」
「どうしてわかったんですか?」
「ちょうど実家からお母さんが来る日だったんですよ。迎えに来ないし、チャイムを鳴らしても返事はないしで、管理人さんに頼んで鍵を開けてみたら、部屋の中はも抜けの殻。それっきり行方不明というわけで」
ぞわぞわっと背中に悪寒が走った。
「でも……やっぱり自分で出て行ったんじゃ……」
「ところがもう一つ不可解な点があって」
森田さんは私の目を正面からじっと見据えた。
「管理人さんとお母さんが部屋に入った時、テーブルの上には部屋のカードキーが残されていたんだそうです。玄関の鍵はロックされ、ICタグは部屋の中にあった。にも関わらず、みちるさん本人の姿はない」
「それって……」
「ドラマや推理小説でいえば、密室からの人体消失……なんてね」
呆気に取られる私をからかうように、森田さんは微笑んだ。
「冗談ですよ。実はね、僕的にはある程度犯人のめぼしはついてるんです。なにせあのマンションはエントランスもエレベーターもICタグが必要だから。言わばマンションの入り口と、部屋の入口で、二重の密室にあるわけだ」
「だったら余計に、誰かがやったとは考えにくいじゃないですか」
「犯人は密室の外からやって来るとは限らないさ」
思わぬ盲点に、私は言葉を失った。とすると、犯人は同じマンションの住人という事か。でもそれではエントランスのセキュリティーは突破できても、部屋の鍵は破れない。
「ところが一人だけ、可能な人間がいる。全ての部屋の合鍵を自由に出し入れできる人間が」
私はあっと声をあげた。あのずんぐりむっくりした管理人の顔が思い浮かぶ。今朝ロビーで、ちょうどそんな話をしたばかりだった。
「丹下さん……ですか」
「うん。大きい声では言えないけど、僕はあの人が怪しいと思ってる。というか、これまで話してきたとおり、どう考えてもあの人以外にはできっこないんだ」
「だから、マンションの中では話さない方がいいって言ったんですね」
夜中に勝手に部屋の鍵が開き、隙間からギョロ目の醜悪な顔が入って来る。そんな想像を巡らし、私は一人身もだえした。
「そんなわけだから、とにかく気を付けた方がいい。もしもの時はいつでも僕に助けを求めてくれて構わないから。実は僕、在宅でプログラミングの仕事をしててね。昼夜逆転の生活をしてるんだよ。夜中は普通に仕事している時間だから、遠慮なく言って欲しい」
「でも、そんな……」
初対面の相手に、そこまでしてもらう謂れはない。私が迷っていると、意を決したように森田さんは吐露した。
「……実はね、みちるさんとは少し、お隣さんというだけじゃない関係もあったんだ。だから敵討ちというわけじゃないんだけど、今度こそ尻尾を捕まえてやりたくて」
物憂げな表情に、森田さんがみちるさんに抱いていた想いが現れているようで、出会ったばかりだというのに私の胸はチクリと痛んだ。
もし何かありそうな時はすぐ連絡する、と約束して、私達は別れた。
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