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◇ ◇ ◇
人が三人、失踪した部屋。
よく考えてみると、それは怪奇現象や殺人事件より恐ろしくもある。未だ真相が明らかになっていないだけで、もしかしたら連続殺人事件の現場である可能性もあるのだから。
だからと言って、今さらまた別の部屋に移るなんてできるはずもない。お金も時間も、そんな余裕はどこにもなかった。
「やぁお帰り! 相変わらず花本さんは目の保養になるね!」
毎日のように向けられる丹下の卑猥な目つきに耐えがたい嫌悪感を抱きつつ、努めて平静を装う。
少なくとも森田さんのお陰で、犯人と思われる人物を事前に知る事ができたのは幸いだった。怖いのは勝手にドアの鍵を開けて侵入される事だ。ドアにはロックだけではなく、必ずドアチェーンもセットした。もしもの時に備えて、ネットで護身用の警棒まで取り寄せた。
しかし何事もなく日々は過ぎ――新しい生活に慣れ始めた頃、最初の異変が起こった。
……ガチャ。
深夜。聞きなれない金属音に、私はふと目を覚ました。
……ガチャ……ガチャ。
玄関の方から聞こえてくるその音の正体に思い至った瞬間、一気に眠気が吹き飛んだ。
誰かがドアを、開けようとしている。
枕元の警棒を握り締め、一歩一歩玄関へと向かう。相手は開錠を諦めたのか、既に音はなく、静まり返っていた。勇気を出して覗き窓を覗いてみるが、外の廊下には誰も立っている様子はない。
私は思いついて、スマートフォンを手に取った。以前教わった森田さんの番号を探し出す。時間は夜中の二時。本当に起きているだろうか。
『あぁ、花本さん。僕も連絡しようか迷ってました』
「じゃあ、森田さんも……」
『ええ。変な物音が聞こえたので、もしかしたら、と心配していました。今からそちらへ行きます』
電話を切るが早いか、壁の向こうでガチャリとドアが開く音がした。程無くして、コンコン、と目の前のドアがノックされる。
「……森田さん」
「怖かったでしょう。大丈夫でしたか?」
「はい」
森田さんの顔を見たら、涙が出そうになった。
「やっぱり犯人は……いや、丹下さんはあなたを狙っているみたいですね。正面からドアの鍵を開けられるのはあの人だけだから、ほぼ間違いないでしょう」
「私、どうすれば……」
「僕に任せて下さい。ドアの前に監視カメラを設置してみましょう。カメラがあるとわかれば、容易には近づけなくなるはずです」
「そんな事、できるんですか?」
「ええ。機械系は得意ですから。ついでに映像はリアルタイムで僕のパソコンに表示されるようにしておきますよ。そうすれば、仕事しながら見張っていられますからね」
優しく背中をとんとんされて、私は我慢できず泣いてしまった。
ついに自分の身にも危険が迫って来たと恐怖する一方で、森田さんの存在を心強く感じた。この人がいる限り、なんとかなるように思えた。
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