6人が本棚に入れています
本棚に追加
◇ ◇ ◇
しかしそれっきり、同じような出来事が繰り返される事はなかった。
「監視カメラに気づいて、警戒しているのかもしれませんね。丹下さんを捕まえるためには、かえって逆効果だったかもしれません」
そう悔しがりつつも、森田さんはカメラを外そうとは言わなかった。何よりも先に私の安全を優先してくれているのは、言うまでもなかった。
ところがその時既に、犯人は行動を起こしつつあったのだ。
最初に違和感を感じたのは、ある朝の事だった。洗面所で顔を洗って部屋に戻った瞬間、何か引っかかるものを感じたが、忙しない朝の時間帯にかまけて、その時は気のせいだと気にも留めなかった。
違和感はその後も、ちょくちょく続いた。朝起きた時もあれば、帰宅した時もある。部屋を目にした瞬間に、胸騒ぎにも似たざらざらとした居心地の悪さに駆られる。その正体に気づいたのは、やはりとある日の深夜の事だった。
……コトン……コトコトコト……。
耳障りな音に、はっと飛び起きる。ダイニングの光景を目にした瞬間、私は凍り付いた。
空のコップが一つ、床の上に転がっていた。
寝る前に水を飲んだところまでは覚えていた。そのままテーブルの上に置きっぱなしにした事も。
風ひとつない部屋の中で、ひとりでにコップが落ちて、転がるなんて――。
それを見た瞬間、それまで私が目にしてきた違和感の一つ一つが、一本の線に繋がった気がした。
ソファーの上に投げ出されたクッション。脱ぎ捨てたスリッパ。棚に飾ったカエルの置物。冷蔵庫の中身。開けっ放しのカーテン。
私の記憶と一致しない形で、それらは位置を変えていたのだ。
「森田さん! 森田さん!」
半狂乱になって電話すると、すぐに森田さんは隣の部屋から駆け付けてくれた。
「つまりポルターガイスト……いや、誰かが出入りしている、と考えるべきか」
森田さんは素早く部屋中に視線を巡らせた。
「そんな! ドアも窓も、鍵をかけてあったのに!」
「……花本さん、もしかしたら僕は重大な過ちを犯していたのかもしれない」
「はい?」
「この部屋はそもそも密室なんかじゃなくて、外から自由に出入りできる隠し通路のようなものがあるのかもしれない。そう考えれば、全てに辻褄が合う」
あまりにも恐ろしい発想に、私は愕然とした。
「一体どこだ。壁か? それとも下か? この部屋のどこかに、きっと隠された出入口が……」
ベッドの下やチェストの裏、お風呂場の天井などを探し回った森田さんは、廊下のクローゼットの扉を開けた。スマートフォンのライトで照らしながら、天井板に手をかける。
「……あった」
私は息を呑んだ。天井は木の板がのっているだけで、簡単に押し上げる事ができた。どうやら天井裏へと上るための点検口になっているようだった。
「花本さん、きっとここだよ。丹下さんはここを通って、君の部屋に入り込んでいたんだ。ほら、君も見てごらんよ。埃の上に、人の足跡みたいなものが残ってる。これは間違いないぞ」
積み重なった段ボールを足場に、上半身を天井裏に突っ込んだ森田さんは嬉々として報告した。
「森田さん、大丈夫ですか? もうやめた方が……」
「いや、ここまで来たら行けるところまで行ってみよう。足跡を辿れば、丹下さんがどこからやってきたかわかるはずだ」
「でも上にまだいるかもしれないし、危険じゃ……」
私が止めるのも聞かず、森田さんは天井裏へ姿を消した。私も逡巡した後、すぐに森田さんの後を追った。
最初のコメントを投稿しよう!