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この日だけね
いつも正直な生き方をしている太郎はどうも4月1日が苦手だ。
4月1日でも自分から嘘をついたことはないし、嘘をつかれるのも苦手だ。
仕事場でも、家庭内でもわかりやすい嘘しかつかれはしないのだが、それはそれで、わざわざそんな嘘をつくくらいならやめればいいのにと思うのだ。
ある年の朝、妻が例年のごとく4月1日に話しかけてきた。
「ねぇ、あなた。私ね、心臓が悪いんですって。」
「あぁ、そう。病気の嘘はあまり良い嘘な感じがしないな。いつもの分かりやすい嘘の方がまだましだね。」
「あ・・今日4月1日か。う~ん・・・」
「じゃ、行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。」
『なんだろう、嘘に驚かなかったから怒っているのかな?』
太郎はつまらなそうな顔で自分を送り出した妻の市子を振り返った。
市子はひらひらと手を振って行ってらっしゃいをしている。
『うん。いつもと変りないな。やっぱり病気は嘘だな。』
そう考えて太郎は会社に向かった。
それからひと月。
5月1日の朝、市子はいつもの朝の様に話しかけてきた。
「おはよう。4月に言った心臓の病気の件ね薬で大丈夫みたい。」
「え?嘘じゃなかったの?大丈夫なのか?」
太郎は驚いて市子に聞いた。
「えぇ。本当だったんだけど、あなたは嘘だって思ったみたいだったし、心配させるのもね。と思って。もちろん、病気が重かったら相談したと思うけど、通院している途中で薬で大丈夫って言われたから。落ち着くまで一月まったのよ。」
「おいおい、そう言う事はちゃんと言ってくれよ。」
「ふふっ。ごめんなさいね。たまたま考えずに4月1日に言ってしまったから。」
「投薬で大丈夫なんだな?辛くないのか?」
「えぇ。大丈夫。ほらね、嘘だと思って貰っていてよかった。あなた心配性なんだもの。」
「今度から大事なことは4月1日は避けて言ってくれよな。」
太郎はほっとしたものの、妻の言ったことをまるで嘘だと思っていた自分に少し腹が立った。
そして、やはり4月1日は嫌だな。と思ったのだった。
【了】
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