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「私は、国王陛下の顔も知らない不届き者でした」
「神都の中でも、私の顔を知る者は多くはいない。人前に顔を出すことはあまり好きではないからな。長年田舎町で暮らしていたダイナ殿が、私の顔を知らなくとも不自然ではない」
「名前を伺ったときも、まさか陛下ご本人であるなどとは思い至らずに」
「アメシスという名は、この国では珍しい名ではない。神官の中にも一人同じ名の者がいる」
「今日こそ着飾っておりますが、私服は酷いものですし……」
「私は、いつものダイナ殿の格好も嫌いではない。素朴で愛らしいとすら感じる」
「妃としての品格など皆無ですし」
「妃の品格など、私の心を射止めただけで十分だ。必要な礼節は今後覚えていけばいい」
「婚約者に捨てられた過去もございますが……」
「妖精のように愛らしいダイナ殿を捨てるなど、愚かな男がいたものだ。しかし私にとっては幸運だ。その男がダイナ殿を捨てたからこそ、私は今後の人生をあなとと共に歩むことができる」
アメシスの胸元に顔を埋めたまま、ダイナはそれきり黙り込んでしまった。アメシスの指先が、柔らかな銀色の髪を梳く。
「他に何か心配事は?」
「……ありません」
「では改めて私の想いを伝えても良いか? 多少、順番は前後してしまったが」
ダイナは小さく「はい」とうなずいた。初めからその想いを拒むつもりなどありはしないのだ。
「ダイナ殿、私はあなたを愛している。どうか残りの人生を私と共に歩んではくれまいか。神国ジュリの王妃として」
そのとき見上げたアメシスの瞳は、今まで見たどんな宝石よりも美しかった。きりりと吊り上がる眉毛の下で、紫水晶に似た2つの瞳が淡い輝きを放っている。角度によって色彩を変えるその瞳は、この世に2つと存在しない極上の宝石だ。
ダイナははぁ、と熱を吐いた。一度その宝石の美しさに魅了されたなら、きっともう逃げられはしない。
「はい、喜んで」
そう伝えた瞬間のアメシスの表情と言えば、満開の花畑にも似た満面の笑顔。
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