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1話 婚約破棄
「ダイナ。君との婚約を破棄したい」
突然の宣告に、ダイナは頭の中が真っ白になった。
なぜ、と尋ねたはずが言葉にならず、ようやく絞り出した言葉は何ともまぬけ。
「クロシュラ様……それは一体、どういう意味でございましょう」
ダイナの震え声に、クロシュラはあっけらかんと言葉を返した。
「どうもこうも、そのままの意味だ。結婚の話を話をなかったことにしてほしい」
「なぜ。私に至らぬところがございましたか」
「君に非があるわけではない。ただその……好きな人ができたんだ。ダイナ、君よりもずっと素敵な人」
――前置きなく婚約破棄を突きつけ、さらに私を貶めるなどと、あなたは一体何様ですか
脳裏に浮かんだ罵倒の言葉を、ダイナは口にすることができなかった。
『婚約破棄』の4文字が頭の中をぐるぐると回り、まともな思考ができなくなる。口は渇き、それなのに涙腺からは涙が零れ落ちようとする。
ダイナが再び口を開くよりも早く、近くの木陰から一人の女性が姿を現した。
赤茶色の髪をそよ風に揺らす美しい女性だ。瞳を縁取るまつげは化粧筆のように長く、小さな鼻に小さな口。首も腕も腰も折れそうに細く、それなのに胸元だけは目を見張るほどに豊かだ。その女性がひらりとワンピースのすそをひるがえせば、ただ風が吹き抜けるだけの林地は一瞬にして照明輝く舞台となる。
クロシュラが驚いたように声をあげた。
「サフィー、来ていたのか」
「だって不安だったんだもの。あなたが過去の恋人にきちんと別れを告げられるかどうか。2年も前から結婚の約束をしていたのでしょう?」
サフィーと呼ばれた女性は微笑を浮かべ、クロシュラの二の腕に両腕を絡めた。ダイナが目の前にいることなど微塵も気にかけた様子がない。
「だからきちんと別れを告げただろう。サフィー、俺は君を愛している。過去の婚約者に情を残したりはしない。こんな片田舎の村など捨てて、俺と2人で神都に行こう」
「もちろんよ、クロシュラ様」
目の前で繰り広げられる憎々しい愛情劇に、ダイナは震える手のひらを握り締めした。
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