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ダイナがテーブル席の一つに腰を下ろすと、すぐに店員と思われる老婦が近づいてきた。
「ご注文は?」
真っ白な髪を結い上げた、少女のような風貌の老婦だ。すみれ色の瞳が、優しい光を浮かべてダイナを見つめている。ダイナは麦藁帽子を膝にのせ、メニュー表に視線を走らせた。
「ミルクティーとサンドイッチと……あれ?」
ダイナの目に留まったのは、メニュー表の片隅に書かれた『従業員募集中(神具師歓迎)』の文字。思わず声が高くなった。
「このカフェでは神具師を募集しているんですか?」
「専門の神具師さんを雇いたいわけではないの。カフェの従業員として働きながら、たまに神具を作ってくれたら……くらいの気持ちかしら」
「それは何故ですか?」
老婦はすみれ色の目を瞬きながら、ゆっくりとした調子で語り出した。
「私、若い頃は神具師だったのよ。神具師を引退して夫とカフェを開いた後も、趣味で細々と神具を作っていてね。カフェの一角に売り場を作って、少しだけ神具を販売していたの。今はもう、神具作りは完全に止めてしまったのだけどね。それでもやっぱり私は神具が好きだし、工房もそのままにしてあるから、誰か私の後を継ぐ神具師がいてくれたら……なんて勝手に考えているのよねぇ」
老婆の語りに耳を傾けていたダイナは、前のめりになって頼んだ。
「あの、私をこのカフェで雇ってもらえませんか。田舎から出て来たばかりで、神具師としての仕事を探しているんです。もちろん、カフェの従業員としての仕事もしますから」
「それは嬉しい申し出だけど……良いのかしら? 神具師さんなら街の神具店で引く手数多でしょう。うちはこの通り小さなカフェだから、大したお給料はお支払いできないわよ」
ダイナは足元のかばんから巾着袋を引っ張り出した。中に入ったたくさんの文具を、テーブルの上にばらばらと落とす。色の変わる付箋、文字数を数えるボールペン、吉凶を占うサイコロ、その他諸々。今日だけで何度その作業を繰り返したか分からない。
「これ、私の作った神具です。『地味だ』『華がない』と言われて街の神具店では雇ってもらえなかったんです。もう神具師として働くことは諦めていたくらいで」
ダイナが必死に訴えると、老婦は白髪を揺らして微笑んだ。優しく、そして少し悪戯な笑みだ。
「そういう事情なら、遠慮せず採用しちゃおうかしら」
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