573人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
「ダイナちゃん。今日は一日どうだった?」
相変わらずのんびりとした調子でヤヤが尋ねた。本日分の売り上げを計算するヤヤの前で、ダイナは賄いのナポリタンを口に運んでいるところだ。
「思ったよりもずっと忙しかったです。小さなカフェだけど、たくさんお客さんが来るんですね」
「このカフェは住宅街の真ん中にあるからね。馴染みの客が結構多いのよ。朝食を食べにくる人達はほとんどが常連だから、早く顔を覚えてあげてね」
「分かりました」
そこで会話は途切れ、客足の途絶えたカフェの内部には、ヤヤがそろばんを弾く音が響く。ぱち、ぱちぱち。何度か紙に数字を書き記し、ヤヤはまた口を開く。
「仕事に慣れてきたら、空き時間は好きに工房を使っていいわ。混雑時以外は私とベリルの2人で十分に仕事を回せるから。ダイナちゃんは神具作りに励んで、早く陳列棚を賑やかにして頂戴ね」
そろばんを弾く間に、ヤヤは店の壁際にある陳列棚を見やる。木製の板を3枚壁に張り付けただけの簡素な陳列棚だ。かつてはそこにヤヤの作る神具が商品として並んでいた。しかし今その棚に物はなく、時たま客人が手荷物を載せるだけの場所だ。
「頑張ります。仕事に慣れるまでは、少し時間が掛かりそうですけれど」
「気長にやりなさい。常連ばかりの店だから、失敗したって怒る人はいないわよ」
笑うヤヤは『売上帳簿』と書かれたノートをぱたりと閉じた。
「お店の後片付けは私とベリルでやるからね。ダイナちゃんは賄いを食べ終わったら帰っていいわ。明日の朝も早いから寝坊をしないようにね」
「はい、お休みなさい」
そろばんとノートを抱えたヤヤは厨房の扉へと消え、間もなく賄いを食べ終えたダイナはひっそりと『カフェひとやすみ』を後にした。
これが神都でのダイナの日常となった。
その男が『カフェひとやすみ』へとやって来たのは、そんな新しい日常が10日も過ぎた頃のことであった。
最初のコメントを投稿しよう!