6話 紫紺の髪の客人

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 ダイナは目を丸くした。   「私の神具が好評? それは本当ですか?」 「本当だとも。効果がシンプルで汎用性に富む。見た目よりも機能性重視で使い勝手がいい。神力で自在に色を変える付箋(ふせん)とメモ紙があっただろう。あれは最高だ。私の机の引き出しにはたくさんの付箋とメモ紙が溢れていたが、今では全てが筆箱に収まってしまう。文字数を数えてくれるボールペン、あれも良い。仕事柄、文字数を気にして文章をしたためる機会が多いものだから、米粒のような文字を数える作業から解放されるとは夢のような心地だ」  初対面時の不愛想な様子はどこへやら、紫紺の客人は別人のように饒舌だ。 「サイコロがあっただろう。あれは一日の運勢を占う神具、という解釈でよろしいか?」 「はい、そうです。壱が大凶で、六が大吉」 「やはりそうか。運勢を占う神具は他にもいくつか知っているが、あそこまで手軽な物は初めてだ。私は毎朝、眠気覚ましにサイコロを振って――」  そこまで言うと、客人ははたと黙り込んだ。静かな場で一人興奮気味であったことに気が付いたらしい。気まずげに咳払いを一つ。 「……失敬。私は神具の感想を語るためにやってきたのではない。実はダイナ殿に神具の大口注文をしたい」 「大口注文……ですか。具体的にはどれくらいの数ですか?」 「先週頂いた神具を全て200ずつ」  ダイナは再び目を丸くした。   「200⁉ 20の間違いではなく?」 「200だ。急ぎの注文ではないが極力早めに納入いただきたい。納期と金額は決まりしだい手紙で知らせてくれ。送り先は……神官舎(しんかんしゃ)の財務課宛てでいい。私の方から話は通しておく」  流れるようにそう言い切ると、紫紺の男はぴんと背筋を伸ばした。元より長身の男であるから、背筋を伸ばせば余計に威圧感がある。 「では私はこれにて失礼する。また暇を見て立ち寄らせていただこう」  客人は靴音を響かせカフェを出て行った。店内は一気に静寂に包まれる。  ややあって、ダイナはようやく口を開いた。 「ヤヤさん。神官舎って何ですか?」 「神都のお役所よ。200人に近いお役人が働いていると聞くけれど」 「へぇ……」  ならばあの客人は、神官舎に務める役人の一人か。それとも神官舎に商品を卸す商人か。  いずれにせよ、嵐のような男だ。
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