9話 頂

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 モルガが言葉を終えるなり、部屋の中には溜息が響いた。 「またそれか。見合い目的の謁見は断ってくれと、いつも言っているだろう」 「お言葉ですが、陛下。大都市ルゴールの首長殿は、神国ジュリの建国にあたり多大なる貢献をされたお方です。娘のアクア様は父君の補佐として日々都政に従事し、土地を治めることの道理をよく理解しておられます。妃として迎えるのなら、彼女以上の適任者はいないかと」 「たとえ適任であっても、私は愛のない結婚をするつもりはない」 「もっともなご意見でございます。しかしどうか隣国に目を向けてくださいませ。同盟国のうちには、ここ数年のうちに妃を迎えた国王が複数名おられます。妃同士の茶会が頻繁に開催され、貴重な情報交換の場になっているとの噂も聞き及びます。中には茶会から得られる利益を求め、王宮内から妃候補を募った国王もおられると。このままでは神国ジュリは、貴重な情報収集の場からはじき出されてしまいます」  神国ジュリは、その周辺に位置する十数の小国と同盟を結んでいる。各王国間では年に数度国王の往来があり、国土の防衛や将来的な施策展開に関して意見交換を行うのだ。  そして国王の移動には当然妃が同行する。国王とその家臣らが粛々と国政の議論を行う傍ら、王宮の園庭で優雅な茶会を開催するのだ。茶会の目的は情報交換。正式な会議の場には出せない未確定情報、民の噂話などを、菓子を片手にとりとめなく語らう。堅苦しさとは無縁の場であるからこそ、そこから得られる情報の価値は計り知れない。その利を理解しているからこそ、同盟国の国王はこぞって妃を迎えようとする。 「陛下、ひとまずアクア様との見合いをお受けくださいませ。妃にする、しないの判断は実際に顔を合わせた後でなさればよろしいでしょう。面会すら謝絶されては、結ばれるべき縁も結ばれません。陛下、3日後の正午時でございます。神殿内に昼食の席を設けますから、どうぞ将来のためと思って参席くださいませ」  モルガは一礼を残して足早にその場を立ち去った。  残された神殿の主は、本日何度目になるかわからない溜息を零し、執務机の引き出しを開ける。そこにある小さなサイコロを指先でつまみ、机の上にころりと転がしてみれば、出た目は6つの面の中でただ一つ赤らかな『壱』。 「……大凶」
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