10話 厄日

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10話 厄日

 その日のダイナはことごとく不運であった。いや、ある意味では幸運と言うべきかもしれない。とにかく吉凶の判断は難しくとも、ダイナにとって予想外の出来事が立て続けに起こったのだ。  『カフェひとやすみ』にて、昼食時の混雑が落ち着きを見せた頃。空いた皿を片付けていたダイナの耳に、ぎぎ、と扉の開く音が届いた。客人がきたのかと店の出入り口を見てみれば、そこにいるのは予想外の人物だ。 「……サフィー様?」  店の入り口に立つサフィーの姿を見て、ダイナの脳裏に在りし日の記憶が蘇った。  婚約者クロシュラに呼び出されたその日。胸弾ませながら袖を通したドレス。弾丸のように胸を貫いた婚約破棄の言葉。そしてクロシュラの腕に絡みつく恋敵。 「ダイナ様。本当にこんなところで働いていらっしゃったのね」  サフィーはそう言って艶やかに微笑むと、ダイナの元へと歩み寄った。磨き上げられた紅のヒールがかつかつと床を打つ。 「勘違いなさらないで。何もあなたの惨めな姿を見に来たわけではないの。私、あなたが心配だったのよ。ろくな神具も作れないあなたが、神都でどうやって暮らしていくのかしらって。でもこの様子だと最低限の生活は送れているみたいね。良かったわ」  高らかと語られるサフィーの言葉を聞き、ダイナは愕然とした。赤茶色の髪を肩に垂らすサフィーの姿は、傍から見れば天女のように美しい。しかし紅色の唇から語られる言葉は美しさには程遠く、ダイナに対する優越感と悪意に満ちている。    ――これがサフィー様の本性なの? 私はこんな悪女に愛する人を盗られたの?  湧き上がる動揺を抑え込み、ダイナは問う。
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