10話 厄日

3/3

580人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
 悪意に満ちたサフィーの言葉は、ダイナの心に深々と突き刺さった。  サフィーはクロシュラを愛してはいない。恵まれた神都での生活を求めクロシュラの愛を利用しただけ。ダイナを蹴落とし全てを手に入れた。  ダイナはこぶしを震わせ唇を開いた。何を言っても無駄だとはわかっていても、目の前のサフィーのを罵らずにはいられなかった。  しかしダイナが罵詈雑言を履き出すよりも寸分早く、サフィーが金切り声をあげた。 「冷たい! 一体何⁉」  いつの間にかサフィーの背後には男性が立っていた。サフィーよりも遥かに背の高い老齢の男だ。短く刈り上げられた白髪と、年齢以上に力強い眼。そして筋肉の盛り上がった2本の腕。顔面に仏頂面を貼り付けたその男は、カフェの厨房担当であるベリルだ。つまりはヤヤの夫である。  ベリルの右手には空のグラスが握られている。グラスの縁からはぽたぽたと水滴が落ちるから、どうやらその中身をサフィーの背中にぶっかけたようだ。 「おっと姉ちゃん、悪いな。うっかり手が滑っちまった。しかしそこに立たれると片付けの邪魔だ。注文する気がないならとっとと帰れ」 「何よ――」  サフィーは声を荒げかけ、しかし結局何も言わずに口を閉じた。怒りに満ちたベリルの双眸を見たからだ。ベリルは元々、神都隊の隊員であった。高齢を理由に神都隊を退役し、そしてヤヤとともに『カフェひとやすみ』を開いた。退役からもう数年が立つが鍛え上げられた肉体は健在である。  サフィーは悔しそうに表情を歪め、ワンピースをひるがえし店を出て行った。ベリルはダイナの頭をぽんぽんと撫で、しかし何も言うことなく厨房へと戻って行く。  ――私はクロシュラ様のことを愛してはいないわ  サフィーの言葉がダイナの頭の中をぐるぐると巡った。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

580人が本棚に入れています
本棚に追加