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14話 ひととき
アメシスが選んだ食事の場所は、神都の街中から20分ほど歩いた住宅街にあるレストランだ。隠れ家的なお店なのかと思いきや、店内のテーブル席は全てが食事を楽しむ人々で埋まっている。人々の装いはいずれも正装。指先までをも綺麗に飾った人々は、優雅な仕草で食事に舌鼓を打っている。
「格式の高いお店なのだろうと予想はしていましたけれど、これは想像以上です」
硬い口調で話すダイナの両手には、銀のナイフとフォークが握られている。テーブルの上には芸術品のごとく盛り付けられた前菜料理。それが料理であると知っていても、食べることをためらってしまう。
「緊張する必要はない。格式ばった雰囲気ではあるが、食事の作法についてうるさく言われることはない。気楽に食べてくれ」
「気楽と言われましても……」
ダイナは震える手で七色のテリーヌを切り分け、口へと運ぶ。舌先に広がるのは上品な人参の甘さ。アメシスの言ったとおり料理の味は確かだ。しかしこう緊張していては、せっかくの料理を心から楽しむことはできそうにない。ダイナはナイフとフォークをテーブルに置くと、レモン水の注がれたグラスに唇を付ける。
「美しいな」
突然のアメシスのつぶやきに、ダイナは口に入れたレモン水を吐き散らかすところだ。『美しい』との賛美自体は何ら不自然ではない。テーブルの上の料理は確かに芸術品のように美しいし、天井に浮かぶシャンデリアもきらきらと煌めいて美しい。しかしアメシスの瞳はなぜか一心にダイナを見つめているのである。これでは「そうですねぇ。あちらの壁際の絵画は美しいですよねぇ」などとは誤魔化せそうにない。
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