14話 ひととき

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「と、突然何をおっしゃいます」 「失敬。何もダイナ殿の上辺だけを見て美しいなどと言ったわけではない。仕草が美しい。ダイナ殿はどこぞの名家のご息女であったか?」 「……いえ、私の父はしがない神具師です。私も父の店で神具師として働いていましたが、店にはいつも閑古鳥が鳴いていました」 「では食事の作法はどこで覚えられた? 椅子に腰かける様子も、食器を扱う様子も、とても一庶民のそれとは思えない」 「……練習したんです。死に物狂いで」  ダイナはうつむき、レモン水入りのグラスをテーブルに置いた。 「私、恋人との結婚を目前にしていたんです。その人は元々神都の人で、仕事上の理由で私の住む村に滞在していました。そして私は結婚を機に、その人と一緒に神都へ移住する予定でした」  そこまで話して、ダイナは唇を噛んだ。この先を話していいものかと躊躇ってしまう。他人のつらい過去など聞いていて楽しいはずもないのだから。  ダイナがそっと視線を上げてみれば、アメシスは食事の手を止めて穏やかにダイナを見つめていた。どうぞ先を話してくれ、とでも言うように。 「でも私はその人と結婚することはできませんでした。捨てられたんです。私より素敵な人に出会ったからって。だから私は馬車に飛び乗って神都へとやってきました。父は私の旅立ちに合わせ神具師を雇い入れる準備をしていましたし、小さな村ですから、私の婚約破棄の噂はすぐに広がってしまいます。ただでさえ胸が張り裂けそうなほど辛いのに、人々の好奇の目に晒されることはもっと辛い」 「ああ……そういう事情だったのか」 「神都で暮らすためにたくさんのことを学びました。私の元恋人は、神都で立派な地位に就くお方でしたから、結婚相手の私が田舎者では不味いと思って。食事の作法も覚えたし、話し方や歩き方も美しく見えるように努力したんです。少ない稼ぎの中からお金を貯めて、靴やドレスも買いました。結局全部、無駄になりましたけど」
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